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「そいじゃあ、おめぇさんが外へ出るってぇなったら、亭主も気が気じゃねえだろよ」
兵馬は外へ向けて壁の方に目を送った。
「此処へ来る道中、やたらと手代を見かけたぜ。
……淡路屋の店の者だろ。おめぇの亭主もいたかもな」
そして、ニヤリと笑った。
将来の跡取りになるやもしれぬ子を身籠った若女将に、もしものことがあらば「淡路屋の一大事」だ。
できるならば、外になぞ出したくはなかったであろう。
されども、岡っ引きが間に入っての町方与力の「御用向き」である。
町家の、しかも商いを稼業とする身とあらば断るわけにはいくまい。
さらにその町方与力とは、巷でおなごたちが黄色い声をあげる「浮世絵与力の倅」であった。
その与力は、若女将に供を付けることも認めず、たった二人きりで会わせろと云う。
まるで「媾曳」ではないか。
おゆふの亭主は、やっとの思いで手に入れた我が「恋女房」に、この与力がいったい何の話があるのか、と真っ青になった。
そこで、店の若衆である手代たちを駆り出させて、たとえ遠巻きにでも見張らせることにした。
そして、我が身もまた店を放っぽりだして、この日は付きっきりで采配することと相成った。
「もしかしたら……この壁の向こうで、だれかが聞き耳を立ててっかもしんねぇな」
その刹那、壁の向こうで、がたりと大きな音がした。
すかさず、ざわざわと人の声も聞こえてくる。
「慣れねぇことは、するもんじゃねえな」
兵馬がくくくっ…と笑った。
おゆふも大きく声をたてて笑った。
久喜萬字屋では御法度の笑い声だった。
「……それで若さま、本日はどんな御用向きでなんしかえ」
ひとしきり笑ったあと、おゆふが表情を引き締めて問うてきた。
「わっちをこないにまでして呼び出しなんしたからには、是っ非とも聞きたいことがおありでござんしょう」
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