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「お、起っきゃがれっ。
人聞きの悪りぃこと云うんじゃねえよっ」
兵馬は思わず声を荒げた。
「おれがおめぇと示し合わしたのは、明石稲荷で会うたあの最後の一日こっきりじゃねぇかよっ」
あの頃、久喜萬字屋の二階から往来を行く兵馬の姿を見かけると、「玉ノ緒」は偶々を装い見世の外までいそいそと出て行った。
妹女郎の禿のうち、口が固くてしっかり者がその「供」となった。
兵馬と面と向かっても、物陰に隠れて二言三言交わすくらいであったが、流石は吉原の振袖新造の手管である。
見世では御法度である我が「真名」を名乗り、
『わっちのことは『おゆふ』と呼んでおくれなんし』
と、いとけなき面持ちで乞い願った。
さような中、玉ノ緒が淡路屋に身請けされることが決まると、どうしても我が胸の裡を兵馬に告げねばと云う心持ちが抑えきれなくなった。
そこで、いつも供にしている禿を遣わし『後生でありんす』と云わせて、渋る兵馬を尻目に半ば無理矢理約束を取りつけさせ、明石稲荷で「逢引き」したのだ。
「若さまは……」
おゆふの切れ長の目に、虚ろな影が差した。
「舞ひつるとは、幾度も逢引きしなんしておりなんしたか……」
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