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「どこ行こっか」
「ここじゃないどこか」
「ふふ、厨二っぽい。てか、直江さんイケメンだよね」
「初めて言われたよ」
「なんでかな。私男の人見る目ないのかも。でも、背あるでしょ、顔はっきりしてるし、それなのにぽぇっとしてる感じあるね。油断だらけだ。だから悪い女の人に引っ掛かるんだよ」
「ほっといてほしい」
「その悪い女の人、私ね」
無作為に頰をつねられた。カメラが揺れ、動画が乱れる様がなんだかミュージックチャートで上半期トップを占める十代の共感集めまくりのラブソング、そのMVみたいだ。恋もしていないのに失恋ソングのMV出演だなんてごめんだし、青空には噛み付きたくなる。曇天が空をせしめて有意義に仕事に明け暮れる人間には雨嵐を齎せばいいし、高級なスーツは濡れそぼって周囲の目を買えばいい。成功者ははいつも転べと思ってしまうし、いつからこんなに擦れた、間違えた。そう、トリップしていたらやっぱり越野由環は全てを汲んだように笑っていた。
誰にも追われているわけではないのにどこかに隠れてしまいたくなる。与えられた環境は恵まれているのにうまくやらなければいけない、とその気に駆られて自分が自分でわからなくなる。日本なんて社畜国家飛び出してやりますよ、自分の人生一度きりなんで自由に生きたってよくないすか、特色とかしきたりとか古いです、無責任? ああ、僻みですね、新境地をこれまでのルールに則ってる人間は拒むんです、わかりますか、それが真骨頂だからです。男だから顧みないとかじゃない、それ言っとくけどジェンダー差別ですからね。
大学卒業後、一年日本での就業を経て海外に飛ぶ間際、後輩の沖瀬が言った言葉だ。彼女を寝取られたと言うのに、ベッドの上で何度となく愛や夢を語った頼より、はっきりと表裏なく俺のお古は嫌いだ、と突っぱねて自分の不遜と彼女の不埒を言及した沖瀬を何故か慕っていた。人は、人の好意を汲み取る。沖瀬もまた、誰にも心を許さない芯を持った掴めない男であったけれど、そう言う俺の好意を汲み取っていたのかもしれない。だから羽を携えて飛んだ。
俺はまだ滑走路にいる。
「美味しい、美味しい」
「よく食べるな」
「まだ5個目だよ」
「俺は3つで限界だよ」
「胃がちっさいんだね。食べ盛りなんだよ。それから私はこの後渡航しなくちゃならない」
「渡航? どこかに行くのか」
「ふふ、まあね」
「フライトの時間は?」
「直江さん、そういうところだよ。全然だめ。固定観念に振り回されてるようじゃ、まだまだ」
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