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夕立を駆け抜けて
「あの、わたくし金ヶ餅夢子と申します。
あのあの、突然ですがお付き合いをしてくださいませんか」
蝉がジリジリ鳴いているオンボロアパートのドアの前で
今時フリルビラビラドレスを着た
二十歳前後の美女がお供を連れてそんな事をいった。
「・・・・新聞なら間に合ってます、じゃ」
「あの勧誘ではないのです。一目惚れなのです。
どうか、住所だけでもお受け取り下さいっ」
俺はメンドクサイので住所の書かれた紙を受け取って
お引き取り願った。
「なんだったんだ。まったく。焼きそばのびるじゃねーか」
俺はぶつくさいいながら部屋の中へと入って行った。
・・・・・・
「あづい・・・」
最近の夏の暑さは異常だ。
俺の住むオンボロアパートはエアコンも型が古くて
なんかぬるい風を出しているような気がする。
先輩から譲り受けた扇風機の方がまだ
涼しい風を運んでくる。
俺は居間に寝転びながら窓の外をぼーっと見ていた。
窓が青い空の額縁になっている。
ちゃぶ台の上には昼に食べた
インスタントの焼きそばのカップと
割りばし、コップが置いてある。
それからずーっと俺は窓の青空を見ていた。
そして夕刻。
青空の額縁と化していた窓に白い雲が押し寄せ
更に黒い雲が押し寄せてきた。
遠くでは雷のゴロゴロという音まで聞こえてくる。
(こりゃ夕立がくるな)
そう考えた時、窓のほとんどが黒雲を映し
雨粒がどんどん窓に跡をつけていたかと思うと
もう土砂降りだ。
オンボロアパートの気温が一気に上昇する。
べたつく汗、湿気の多さについに俺は立ち上がった。
そして夕立の土砂降りの中、傘もささずに走りだした。
この土砂降りの中で傘なんぞなんの役にも立たん。
「もういやなんだぁああああっ」
俺は誰もいない道を叫んで走った。
そして走った。走りに走った。
やがてたどり着いたのは・・・
とある館。
「まぁ、我が君。こんな雨の中我が家にこられるなんて。
まさか!」
「ああ、夢子。オレと付き合ってくれ」
「まぁ、我が君。夢子は夢子は嬉しゅうございます💖。
さ、その前に湯あみをなさり遊ばせ」
「ああ、よろしく頼む」
俺はこうして、快適な生活を手に入れた。
その代わり、夢子の父親に帝王学をみっちりと
仕込まれ馬車馬のように働かされることになるとは
夢にも思っていなかった。
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