DEPTH

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 同じことを望んでいるのだ。少し、ほんの少しズレがあるだけの似た者同士。  日本が政治で争う時に刀を持ち出す場所じゃなくてよかった、と俺は心底思った。と同時に、僅かな理想の違いで殺し合いにまで発展するこの世界のことを瞬時に理解し難いと感じている。そもそも俺だって、俺こそが、彼等を殺しに武器を携えてやってきたはずなのに。  フェルディナンド。今の国家体制を変えることを目的に、水面下であらゆる準備を続けていた男はしかし否定が強く、一旦不可であるとした存在は容赦なく切り捨てる。  アロワ。フェルディナンドと志を共にしていたが、犠牲を厭わない楽園建設を進めようとする彼に反感を覚え、つい先程、刃を向ける。 『楽園建設』と銘打たれた彼らの計画は現国家、並びにことを知ったレジスタンス的存在が阻止に向けてあらゆる攻撃を続けてきた。レジスタンスというか、吹き溜まりというか、ひょんなことから行動を共にすることになった十七人、さっき急遽寝返る形でフェルディナンド側から加わった八人程を合わせて二十五人はゲームや物語の主人公勢力的で———半年以上前“この世界”に飛ばされてきた俺はそのうちの一人だった。というか、いわゆる『主人公』の位置付けに近い場所にいた。  攻撃は最終段階に入り敵の本拠地に乗り込む。何人か倒した。いや、殺した。フェルディナンドを討つことを目的に、それこそ小学生時代にゲームで四天王をやっつけたみたいに、立ちはだかる敵を仲間と共に。(……人殺しだ、)主張を通すための戦い。主張を潰すための戦い。わかっている、この世界では肯定されていること、一般人にはほぼ何の被害もないこと、……殺す覚悟を各々が持つ程に今真剣に国の行く末を見つめている人達がいること。俺達も、フェルディナンド達も、だ。平和国家の“烙印”を押されてぬるま湯に浸ってしまった、未来に強い意志のない故郷とは全く別なのだ。別でも。 (なんで、話し合いで、治まらないんだ……?)  眼前で。フェルディナンドとアロワが互いを殺す姿勢を取っていた。どちらが勝っても結局掲げる理想は俺達の望むものじゃないから、俺は戦う。ことに、なっている。気付くのが遅すぎたか? それとも、それとも。  一旦引こう。  どうせこの戦闘、勝敗が決まるまで俺には関係がない。敵の主たる戦力も削いだから、少しの間引いて態勢を整えても問題はないだろう。そう仲間に告げて同意を得て、場を離れる。交わる刃たちが遠ざかっていく。———戦略的な撤退などではなかった。俺が、人を殺して主張を通すことから逃げ出しただけだった。  これまで疑問を抱かなかったのは、勢いも願いも何もかもが“元いた世界”とは違ったからだ。必要悪。そういうものだとすんなり理解していた。けれど、俺はこれまでを通してフェルディナンドやアロワと冷静に言葉を交わす機会もあった。異界の人間だからと度々引き抜こうと向こうは考えていたらしいが、平和ボケした俺なんかよりよっぽど二人の方が人格者で。つまり、やってることは結構エグくてやめさせるべきだとは思うけど、ゲームで言うなら『イイキャラしてる』。こんな土壇場になって俺は俯瞰している。ある意味異界の人間だからこそ、はじめは同じ志を持って協力していた二人が殺し合う違和感や、そもそも奴らが完全に駆逐するべき悪そのものじゃないのだと気付いてしまった。先に倒したあいつもこいつも、そりゃ死んで貰った方がいいような危ない奴もいたにはいたけど。けれど。  現国家も、間違いは多くある。フェルディナンド達を倒したらひとまず討伐隊として任命された俺達は、その間違いを正しにいかなければならない。それはまだ平和的にいきそうなのだけれど、最悪の場合、もしかしたら同じように武力で。  重力加速度は多分大体同じなのに、風の精霊がいるから着地の仕方さえきちんと身につけていればどんな高さから飛び降りても平気だった。 「どした、カズ。フェルディナンドにビビりでもしたか?」  仲間のうちでもかなり長いこと俺の世話を焼いてくれたレイニが、追って飛び降りてくる。フェルディナンドの本拠地っていうのが岩山の上にあって、まさに魔王の城のような配置。ファンタジーな世界の割に科学的な建物は彼らの掲げる未来像を反映している。見下ろせば雄大な流れを見せる大河川。この自然を守るための戦い。精霊達を奴隷に俺の故郷でいう『近代的』な世界を目指すフェルディナンド達は元より、精霊にイカれた宗教みたいな国とも違う、ただこの美しい自然を享受する生き方を失いたくない、それだけの願い。 「……神託もなにもかも異邦人の俺にばっかりきて、笑っちゃうよな」 「なあんだ、またお前なんか考え込んでたのか。ほんっとよくそんな湿っぽいことに頭使えるよなー」 「うっせえな、日本人の性なんだよ」  精霊に選ばれし者なんだ、堂々としてろよ。レイニがなんでもないように言う。そもそもなんで異世界にトリップなんかして、こんな位置付けになったのか。「お前が感じたことがきっと正しい、お前の感受性が選ばれてここに来たんだ」そう言ったのは別の仲間だ。散々喧嘩したアルカナが一度だけ発した俺に対する肯定の言葉。ニホンっていうのが凄いよなあ、と再三言うレイニをよそに、逃げ出した俺の感受性……の、タイプは、果たして正しいのかと思考する。レイニがふと覗き込むような真面目な目付きで俺を見る。 「怖いのか」 「……な、何が?」 「殺すの」  相変わらずの鋭さに弱々しく破顔してしまう。そんな発想自体、今この瞬間ではなかなか出ないものだと思ったのだが、半年付き合った仲だからだろうか。 「……もう平気だよ、いい加減。でもさ、……なんでだろうって」 「なんでって」 「なんで今、フェルディナンドとアロワが殺し合ってるんだ、ろう、」 「……変なこと思いつくよなあ、ホント」 「だって、仲間だった」 「もう敵なんだろ、奴らは互いに」 「俺とレイニも、敵になったら殺し合うか?」  レイニは沈黙して、やがて「いや、」と零す。「まず敵になり得ないな」茶化すような声音は、それでも真意だろうと思った。「じゃあ、」 「俺達とフェルディナンド達は……敵か?」 「………なんだそれ」 「理想がある。国を想ってる。同じように生きてる。平和な世界を望んでいる。……何が違う?」  ああ!またややこしいこと考えやがって! 三つも上のくせに頭を掻きむしるレイニの姿は少年のようだ。  何が違うって、委細が違う。細かいところが矛盾している。それはわかってる。わかってるけど、そんな理想の矛盾なんかで命を奪うのは、同一である部分も殺すのは、なんでだ。なんでだろう。  そんな迷い持ってたら、フェルディナンドだろうとアロワだろうとやられるぞ。嘆息して言う仲間に同意はする。でも疑問は尽きない。だからといってレイニを刺し殺したりしない。何が違う。日本が政治で争う時に刀を持ち出す場所じゃなくてよかった、とさっき俺は心底思った。意見が割れただけで良き友を、良き人を、人格を、まるごと消したりしない、そんな国に生まれた。ああでも、イジメとかは似たようなものだったな。そしてそれは肯定されないようで個人では肯定している人達がいた。わからない。自己を防衛するためには殺す覚悟が必要なのか。こんなときには精霊様は何も言ってくれやしない。 ———深淵に落ちよ。  最後の神託。命令型のそれにはまだ応じていない。意味すらわからなかった。でも今は、覚悟を決めろと言われたように思う。精霊は、本当は、単に自分が殺されないために俺にお告げをしてきただけなんじゃないか? 現国家に対するものも確かにあったけど。  疑念は深まる。ある意味もう深淵に落ちてる。思考の、底の、底。 「レイニ」 「うん?」珍しく酷く優しい応答だった。 「ホロエマー川って深いっけ」 目下の青い流れを見下ろし「ああ、海の深いところくらいあるって言われてる」  海の深いところっていう曖昧な表現がファンタジーらしくて、俺は好きだよ。呟いて、踏み出す一歩。「あともっかい飛ばせて」振り返った相手は眉をひそめて、もう一回ってお前、この下は川だ、と言う。しかもここからだとかなり落ちることになるから、フェルディナンドの要塞まで戻るのにまたこの崖を登り直さなければならない。時間がかかるのだ。精霊は使役されないから風で帰還、なんてカッコイイことは出来ないし。でも一度あの川に落ちてみたい。レイニは少しの間口をつぐんで、それから笑って「まあニホン人のいうことだから仕方がない」と許してくれた。ニホン、という言葉はこちらの精霊の言葉で正義を意味するらしい。日本語に慣れてる俺からしたら滑稽で気恥ずかしいけれど、ある程度名に恥じない“正義”を固めないと本当に格好がつかない。  深い流れを見下ろした。随分と感覚的な方法で、頭も悪いやり方でも、アルカナの言ってくれたこと、他の色んな人に肯定されてきた俺の『感覚』とやらを信じてみるのだ。  深淵への落ち方を、俺は知らなきゃいけない。 (20130519)
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