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胸のトキメキ消費構造
アリスは暗い場所で生活していましたが不足はありませんでした。
毎日可愛いお洋服と甘いケーキのことだけを考えていて、不便なこともありませんでした。
ある日アリスはお洗濯をしようと思いつきました。
いつもは絶対にしません。どうしてかって、そんなことをしなくてもアリスは可愛らしい女の子なのです。
ところが、服を入れた篭の外、灰色のカナヘビが這っていて彼女に言うのです。
「あの暗い穴の先へ行くんだ! 真実を見たいなら。どうして君はこんな真っ暗なところで一人なんだろう?」
どうして私はこんなところに一人で暮らしていたのかしら。
アリスは急に不思議になってきて、あの黒い穴の続く先を知りたくなりました。
カナヘビに唆されて、干しかけの洗濯物もそのままに、穴の先へと走り出します。
穴はどんどん狭くなり、湿っているので、厭でした。体を屈めて、もう前を見るのもたいへんです。
「どうなっているの!」
「さあ先へ! 先へ行こう、アリス!」
そういえばアリスの暮らしていた暗闇も、こんなふうな暗い紅色をしています。そしてなんだか柔らかくぬめるのです。
どうしてこんな場所で暮らしていたのかしら!
アリスは憤りました。
その拍子に足をすべらせ、いつの間にか下りになっていた穴を落ちていきます。
カナヘビと一緒に。
たどり着いたのは巨大な口の中でした。巨大な口蓋垂を押し退けて、巨大なべろの上、並びのいい歯のいちばん奥に掴まって、アリスは途方に暮れます。
アリスが暮らしていたのは胃の中だったのです。
彼女は知る由もありませんが、その口を出るとよく知った自分の顔があるのでした。
アリスの住まいは巨大なアリスの胃。アリスは巨大なアリスにとって、とても重要なアリスの一部です。
さて、カナヘビと言葉を交わす間もなく巨大な口には全く別の、誰かのべろが入ってきました。これから恋人になろうかという男の人とキスをしているのです。
なんて気味の悪い光景でしょう!
「男の人なんて気持ち悪いわ。」哀れなアリスはたまらず言いました。「キスなんて気持ち悪いわ。」
背後で小さなアリスと同じ背になったカナヘビが、後ろ足で立って笑っています。
カナヘビは巨大なアリスがその人を受け入れ始めているのに、男の人を厭だという愚かなアリスを笑っているのです。
やがてカナヘビはほとんど男の人と同じ背格好になって、小さなアリスに言いました。
「それはどうだろう。試してみたらいいんじゃないかな?」
そうして、巨大なべろがグロテスクに絡み合う巨大な口の隅っこで、小さなアリスの唇を奪います。
それから可愛らしい首を絞めてやっつけようとするのでした。
だけどアリスは死なないので、入ってきたカナヘビの舌を噛みきって、カナヘビを口の外へと蹴落としました。
「もうやめましょ。あなたなんて嫌い。気持ち悪いのよ。」
———女の子が一度身を委ねた相手を穢らわしく思ってすき身にしたくなるのは胃の中のアリスのせいです。
女の子が無知でばかで可愛いのも、同じ。
『胸のトキメキ消費構造』
(20150202)
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