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「本気で***になろうと思ったの?」  不完全に終わった『それ』を指で示しながら、向かい合って座るあなたがそう言った。  どこかのフードコートだ。白いテーブルに乗るのは私の出来損ないの記録だけで、食欲は全く湧いてこなかった。  ……私も、どうかと思ったから辞めたんだと誤魔化すように笑う。こんなものに価値を付そうとしていた。他の努力への冒涜だからあなたはきっと呆れている。つまらなそうに返ってくる「ふぅん」という声に、失望させたのだなと苦しい気持ちになる。 (…………私も、すこしは、)  すこしはがんばった。  すこしは、ってなんだろう。頑張ったうちに入らない。何もかも中途半端で、自分の心地いいようにしかつくってこなかったからこんな結果に終わるんだ。別に、自分ひとりで楽しみたいならそうしたらいいんだ。他者に評価を求めようとする餓えた鬼のような意地きたない心がこうやって、信頼していたあなたに仇を返す。  机の上のものを取り下げた。私とあなたのどちらが先に席を立ったのか覚えていない。  大衆のためになるような、多くの人の共感を得るような、全ての人のこころに残るようなものをつくるために苦心しなければならないのなら、つくりたくない。  私はたぶん、私の中にあるものを知りたいだけだった。私が何者なのかを知りたいし、できれば想定よりも少しだけ綺麗だったり、優しかったり、正しかったりすることを望んでいた。自分の原罪を明らかにして、裁くか赦すかして楽になりたかった。  だけどそれでもあなたに伝えたいことはたくさんあった。たくさんあるから、不出来だと分かっていても伝わらないと絶望する。ずっと絶望しながらつくってきた。それを「すこしは頑張った」と形容してしまうので、きっと永遠に進歩はない。  あなたに伝えたいことなんて何もないことにしてしまいたい。その「伝えたいこと」こそが独りよがりで恥ずかしいものじゃないという保障もないのに。伝わったところで、それがあなたのためになるとも限らないのに。  私は私で他者は他者だという境界がはっきりと見えていた。それを認めるのがずっと怖くて逃げ回っている。自分にとって心地いいものが、他者にとっても心地よかったらいいのに、と祈りながらつくっている。拾われるのを待っている。  弱くて、甘えが過ぎていて、そんな自分がきらいなくせに、それでもいいと思い込もうとした。それでも受け入れてもらえるという夢を見ようとした。  優しいあなたにすら受け入れて貰えなかった。 (受け入れ、られなくて、よかった)  心地いいことよりも正しいことのほうが好きだ。私は正しくないので、正しいひとに正しくないと言われるほうが本当は安心する。きっと本気じゃなかった。  それを再確認しただけだ。 (20200629)
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