I. Light of hope

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I. Light of hope

 カシュパルはここで死ぬのだと思った。足を滑らせたと気付いたときにはすでに天地がひっくり返った後で、何もできないままカシュパルは川へと放り出されていた。  冷たい感覚とともに激しい水流がカシュパルを襲う。大量の水が口や鼻へと流れ込み、咳き込む隙も与えない。無意識に新鮮な空気を自分の中に取り込もうともがけばもがくほど、カシュパルの体は沈んでいった。  ふいにカシュパルは生きることを諦めた。どうせ助かったとしても、貧しい暮らしが戻ってくるだけである。狭い家畜の小屋のような家に父親と母親、妹二人と身を寄せ合うように暮らし、食べるものすらままならない毎日。そんな日々の飢えや苦しみから解放される自分はむしろついている、とカシュパルは思った。強ばっていた全身の力を抜いて川の流れに身を任せた。  水流に揉まれながら、水の中で陽光が幾度となく反射を繰り返す幻想的な世界を見た。ここが天国だと言われれば信じてしまいそうなくらい神秘的な光景であった。カシュパルは次第に苦しいとも思わなくなる。何もかも満たされ穏やかな気持ちになる不思議な感覚に襲われた。自分の体から自分という存在が消えていくような、次第に遠のく意識の中で静かにそのときを待った。  突然、カシュパルは水の中から引っ張り出された。激しい陽光がカシュパルの顔をもろに照らす。一気にこみ上げてくる水を吐き出そうと大きく咳き込んだ。 「大丈夫か」  カシュパルと同じ年くらいの少年が腕を組みながら見下ろしていた。カシュパルが何も言えずに口を拭うと、少年はすっと片足をついてしゃがみ、カシュパルの背中をなでながら言った。 「お前、途中で生きるのをあきらめただろう?」  カシュパルははっと顔をあげる。 「……そんなことは」  ない、と言いかけてカシュパルは口を閉じる。嘘だった。本当は苦しい日常から逃げ出そうとして、それを今会ったばかりの少年に見透かされていた。 (僕は兄貴なのに、みんなを置いて死のうとした)  悔しさ、やるせなさが一気に押し寄せ、カシュパルは思わず泣きそうになった。
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