接近

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接近

 二十三時五分前。久我悟が布団に入ってダラダラと見ていると、スマホにピロンという音と共に通知が入る。ポップアップには「笹山智己のちょっと背中を押したげる」という文字。久我はそれをタップすると、イヤホンを耳に押し込んだ。 「笹山智己の、ちょっと背中を押したげる」  エコーのかかったタイトルコールで、そのラジオ番組は始まった。思わず久我は期待にニヤリと笑う。 「皆さん、恋してますか? こんばんは、メインパーソナリティの笹山智也です。え〜、この番組は告白したいのに勇気が出ない。あの人に近づくにはどうすればいいの? など恋の様々な悩みを持つ人たちの背中を押すようなラジオとなっています。ぜひ最後までお付き合いください」   恋、という単語を聞くたびに久我は一人ため息を漏らす。二人の姉の影響だろうか、久我は少女漫画で恋愛の何たるかを知り、またそんな恋をしてみたいと憧れていたのだ。 「ではさっそく、今日もいっぱいメールが来てますよ。もう少しで四月も終わりですからねぇ。学校とか新しい環境に慣れてきて、恋が芽生え始める時期でしょう。僕もね、高校生の時いましたよ。初めてクラスメートになった女の子で、可愛いなぁって娘が。まぁ、そんな話は置いといて。え〜、ラジオネームテディさん。ありがとうございます」  もう少し笹山の高校生のときの話を聞いていたいと思ったが、まず一通目のメールが読まれていく。このラジオでは何回か同じ名前で投稿してくる人がいるが、テディというのは初めて聞く名前だった。どんなことに悩んているのだろうと、他人事なのでワクワクしながら耳を傾ける。 「こんばんは。いつもラジオを楽しく拝聴して、勉強になっています。早速なのですが、私の悩みはいつも好きになってはいけない人を好きになってしまうことです。いけないと分かってはいるのですが気付けば恋に落ち、かと言って告白できるわけもなく、悶々とした日々を過ごしています。どうすれば諦められるのでしょうか?」  好きになってはいけない人を好きになる。そんな禁断の恋に久我はワクワクする傍ら、自分自身にも通じるものがあり、無意識にある男の顔を思い浮かべていた。
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