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煙草の箱を開けた彼女は、チッと小さく舌打ちした。どうやら箱の中身が空だったようだ。ただ、彼女の可愛らしい顔立ちと舌打ちとのアンバランスさが僕を妙に落ち着かなくさせた。もちろん舌打ちしようがどうしようが彼女の自由なのだが、僕はそんな自分の落ち着かなさを放っておくことができなかった。
「よかったら、どうぞ」と、僕は胸ポケットから煙草の箱を取り出し、蓋を開けてから彼女の方に差し出した。彼女は何も言葉を発することなく、戸惑った様子で僕を見ている。あるいは僕のことを不審者か何かと勘違いしているのかもしれない。もちろん彼女の気持ちがわからないわけではない。いくら新幹線で隣の席に座っているとはいえ、四十歳になったばかりの中年男にいきなり声をかけられたら、嫌でもあらぬ想像をしてしまうに違いない。
取り繕うわけではないのだが、「あ、いや、煙草が切れてるみたいだったんで」と僕は言った。彼女は相変わらず訝しげに僕を見ている。僕は煙草の箱を閉めてポケットにしまった。いらないというものを無理に貰ってもらう必要もない。これ以上しつこく煙草を勧めて車掌を呼ばれたりするのも面倒だ。
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