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彼女は少し申し訳なさそうにそう言った。一度は断ってしまったのだから、彼女としても言い出しにくかったのだろう。もちろん僕としては彼女に対してこれといった思いもない。煙草の勧めを断られたからといって、彼女に対して腹を立てるほど器量の小さな人間ではない。少なくとも自分ではそう思っている。
「もちろんいいですよ。僕もこれから煙草を吸いに行きますから、一緒に行きましょう」
僕がそう答えると、彼女はその表情を緩め、口元に小さな笑みを浮かべた。それから彼女はさっきのピンク色のポーチを鞄から取り出して、すっと立ち上がった。
幸いにも喫煙室には誰もいなかった。四人ほどしか入れない新幹線の喫煙室には、タイミングによっては行列ができている。広島駅を出てしばらく時間が経っているし、乗客たちもちょうど席で落ち着いた頃合いなのだろう。
僕は扉の脇にある小さなボタンを押した。目の前の扉がすっと横に開き、いろんな煙草の混じり合った雑多で秩序のない匂いが漂ってくる。僕はこの匂いが嫌いだ。愛煙家なんて結局のところ、自分の吸っている煙草の匂いは気にならないが、他人の煙草の匂いは許せないという我儘な生き物なのだ。
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