エピローグ

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エピローグ

 父、義春の命日に合わせて、墓参りをすることになった。お盆とは少しズレているせいか、他に参拝する人は見当たらない。  墓石に水をかけ、花を活け、お供え物を置いた。カモミールで作った特製の線香を焚く。 「ちょっと、お母さんは、先に、ゴミを捨ててくるね」  抜いた雑草や、枯れた花を入れたビニル袋を持った母が、廃棄場所へ捨てに行った。 「お父さんが、亡くなった真実が、ようやくわかったね」  生前の義春を想っていると、唐突にミクに話しかけられた。 「真実? 香炉が一個しか無くて、勲章持ちの死神を鎮められなかったって話のこと?」 「まあ、それもそうなんだけど。それだけが理由だと思って、お兄ちゃん、ずっと苦しんでたでしょ」 「ああ。今も、心苦しいよ」 「お兄ちゃんが、苦しむ必要ないよ。あれは、お父さんが決断したことだから。お父さんは覚悟を決めて、死神に殺されたんだから」 「はあ? どういうこと? 何が言いたいんだ?」 「ほら、こないだ、勲章持ちの死神が言ってたじゃない。歴代の当主はみんな、勲章持ちを鎮めることを諦めてたって。たぶん、みんな、取引に応じてたんだよ。きっと、お父さんも、その取引をしていたのよ」 「なんだって!?」 「あら、あの時、気付かなかった? ミクは、そうなんだって、理解したけど」  国語の成績が悪いことが、こんなところで効いてくるとは。  義春が、取引をしていたなら、勲章持ちの死神に手を出しちゃダメだったはず、ということか。 「晋ちゃんのおばさん……お父さんの妹の雅恵さんが、お父さんに頼んだのよ、きっと。おじさんに憑いた死神を祓ってって。お父さんは断れなくて、勲章持ちとの約束を破って、勲章持ちを鎮めたんだよ」 「そういうことか! それで、勲章持ちが警告していた通り、お父さんに憑りついて殺したんだ」 「そうだよ、きっと。だから、香炉が割れて、勲章持ちの死神が復活した時点で、お父さんは諦めていたんだと思う。死神に憑かれた時も、運命だったと覚悟を決めていたんだと思うよ。お兄ちゃんに憑いた死神の浄化期間とは関係無く、ね」  影太は空を見上げた。雲一つなく晴れ渡っていた。 「じゃあ、次のエピローグ、誰かに読んでもらおうかな……」  影太は、国語の授業中、校庭を眺めていた。六年生が、サッカーボールを追いかけている。 「じゃあ、インヨウジくん、読んでくれるかな」  夏休み明けの授業は、集中力が持たない。次の夏休みがくるまで、途方もない日々を過ごさないといけないと思うと、季節なんていらないとすら思う。ずっと、夏でいい。 「ちょっと、影太、当てられたんじゃない? 立ちなさいよ」 「えっ?」  影太が前を向く。緊急招集された臨時の教員は、近所に住むおばさんに似ている。おばさんが座席表から顔を上げ、影太と目が合った。 「インヨウジくん? さあ、立って、読んで」 「オンミョウジです。オンミョウジって読むんです。ボクの名字」  教室が、ドッと沸く。  この時から、影太は、同級生にインヨウジと呼ばれることになる。 「影太、何ふてくされてるのよ。子供みたいね」  図工の授業のために教室を移動している時、里加に話しかけられた。 「あのおばさん先生、絶対に許せない」  校長先生も、新しく来たおばさん先生も何も言わなかったが、前任の原田先生は、自分から辞表を提出して辞めたらしい。お母さんが被害届を取り下げたから、辞める必要もなかったが、続けづらいと思ったのだろう。  刑事から聞いた話では、ミクの事件も、晋太が絡んでいるらしかった。  直接手を下したわけでも、指示したわけでもなく、さらには、原田先生がそんなことをしたことすら、晋太は知らなかったらしい。  アイドルオタクだった原田先生は、晋太がザッツ事務所に入ったことを知ると、すぐに晋太に近づいたという。  身近にいるヤングザッツの晋太と頻繁に会話するうちに、父の死に関する件で、影太兄妹を恨んでいることを知った。  いつの間にか晋太担になって、リアコした原田先生。影太が晋太にいじめられていたことも知っていたに違いない。だから、顔を腫らした影太を見ても、何も言わなかったのだ。  ミクを押し倒したのが、推し活の一つだったというのだから、本当に盲目のオタクって怖い。  図画工作室に入ると、一人一人に袋に入った粘土が配られた。小学四年生にもなって、粘土細工かと、思いきや、結構、本格的な焼き物製作だった。 「今日、いったん、形が出来たら、窯元に送って焼いてもらうからね。出来上がってくるのは、来週になりまーす」  おばさん先生の説明の後、粘土を袋から出し、皆、思い思いの形に仕上げていく。 「何作ってるの、影太?」 「壺。鎮神に使う香炉を作ろうと思って」 「へえ、どれどれ……。あら、いいじゃん。それっぽい」  里加が目尻を垂らして、笑った。 「でしょ?」  貧乏神を鎮める際、交換条件で宮崎から聞き出した、あの情報は本当だろうか。 「里加は、影太のことが好きみたいだよ。信用できる筋から聞いた情報だから、間違いないよ。確か、影太も里加のことが好きだったよな。相思相愛だな。よかったね」  あの時から、宮崎の言葉を信じて、里加を観察してきたが、半信半疑のまま、進展がない。 「何? ひとの顔じっと見て。キモイんだけど」  笑った時だけでなく、拒絶する里加の顔もまた、影太には突き刺さる。  夏休み中の、防人山でもそうだった。  防人山で、勲章持ちの死神を鎮めた後、ふもとに下りると、人だかりが出来ていた。  町内会や、学校関係者、警察や消防も駆け付けていた。行方不明になった晋太の心配だけでなく、頻発する局所的な地震への対応が理由らしい。 「影太! 大丈夫!? 上手くいったのね!」  人ごみをかき分けて、里加が現れた。目を潤ませ、心配そうな表情で駆け寄ってくる。 「里加……」  影太は、気持ちが昂り、宮崎からの情報も頭をかすめ、里加に抱き着いた。 「来てくれたんだね、ありがとう。やったよ! ボクは、やれたんだよ!」  頬を摺り寄せ、この勢いで唇も奪おうとした、その時だった。 「ちょっと、止めてよ! 気持ち悪っ!!」  里加に引きはがされ、思いっきり突き飛ばされた。 「あれ?」  影太は拍子抜けした。宮崎から嘘情報をつかまされたのかもしれないということが頭をよぎる。が、いやいや、そんなわけがないと、自分に都合が良いように思いなおす。  きっと、チャンスはまた来る。 「影太。ワシ、そろそろ、新しい家主に引っ越しするわ。ええのん、あそこに見つけたわ」  見ると、学校関係者や町内会の人だかりの後ろで聞き耳を立てている宮崎がいた。以前、宮崎から離れるようにムキムキマンと約束していたのだが。 「ええやろ。ワシが憑かんでも、どこかの貧乏神が憑くねん、絶対。アイツには、そんなオーラがあんねん」 「わかった。いいよ。そうしてくれる」  影太は、ムキムキマンに手を伸ばした。 「今まで、いろいろ、ありがとう。じゃあね」  かたい握手をした。握力が強すぎて、影太は痛くて、早くはなしたかったが、ムキムキマンはそれを許さず、何度も腕を振った。泣いているのか、口がへの字に曲がり、鼻が赤い。  ひとしきり影太と向き合った後、ムキムキマンは、宮崎の方へ歩き出した。  ミクは、ずんぐりと何やら話している。 「おみゃあさんの、お父さんと約束したんだがや。だもんで、ずっと守ったるで、安心してちょーよ」 「そんな……別に、いいのに。ずんぐりさんも、好きなように動けた方がいいでしょ?」 「そうだよ、ずんぐり。お父さんとの約束は、もう果たせたから、自由にしたらいい」  影太が二人の会話に割り込んだ。 「ほら、ムキさんも、ボクから離れて行ってしまったよ。ずんぐりも、また、放浪の疫病神に戻ればいいさ」 「本当に? ありがとうごぜゃーますだわ。ほんなら、そうさせてもらうわ」  ずんぐりは、背筋を反らせて人だかりの無い方へ、走り去った。 「はい、終了ー。作品を集めますから、前に持ってきてくださーい」  おばさん先生の声で影太は我に返った。  香炉はすでに出来ている。壊さないように、そっと、作品を提出した。 「影太、これ見た? この袋に書いてある工房の名前」  席に戻ると、里加が粘土の袋に貼られたシールを見ていた。影太は、その名前を見て、心臓が飛び出そうになる。そして、オートマチックに立ち上がっていた。 「はい、先生、質問!」 「何? 陰陽寺くん」 「焼きに出す窯元って、ここですか?」  影太は、立ち上がって、袋のシールを指さした。 「そう、そこよ。一ノ瀬諸庵(いちのせしょあん)」  作者の名前だと勘違いしていた……窯元の名前だったのか。 ――鎮神の壺として用いるのは、一ノ瀬諸庵製作の香炉がよい――
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