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けたたましいクマゼミの鳴き声が耳をつんざき、我に返る。眉間の奥の方がツーンとして、鉄くさい匂いで鼻孔が満たされた。
ちょっと、記憶が飛んだのだろうか。さっきまで立っていたはずなのに、頬が砂に触れている感覚がある……。
陰陽寺影太は、自分がうつぶせに倒れていることに気付く。
「おい、まだだよ。立て」
開襟シャツの胸ぐらをつかまれて、起こされた。潤む視界の中心に、鼻筋の通ったイケメンが映る。
小学校の校舎裏は、日陰になっていて、風も通るので涼しかった。全身から噴き出した汗で、シャツがぐっしょりと濡れている。そこに風が吹いて、体温を奪っていく。ひんやりした。
それもあってか、影太は、膝の震えが止まらない。
影太よりも一回り大きい体格のイケメンが、再び、右こぶしを振り上げた。
「も、もう止めてよ。なんで、こんなことするの」
影太は両腕で顔をガードしたが、その上から、下から、横から、何度も殴られる。口の中にも鉄の味が広がり、立っていられない。膝からくずおれる間には、みぞおちに蹴りも入れられた。
「影太、なめてんじゃねえぞ」
倒れてもなお、蹴られ続ける。影太は体を丸め、無意識のうち「晋ちゃん、ごめんなさい。ごめんなさい」と謝り続けた。自分が謝ることに納得はしていないが、早くこの暴力を止めてほしかった。
事の発端は、ささいなことだった。影太が母からもらった懐中時計を小学校に持ってきて、友達に自慢していたというだけ。それだけ。それを、上級生で、いとこの金井晋太に見つかり、校舎裏に連れて来られたのだ。
「お前が生意気な時は、いつでもやってやるからな」
晋太は捨て台詞を残して去って行った。
影太は体を起こし、背中を校舎の壁に預ける。
「なんだよ、いつもいつも、適当な言いがかりをつけて、いじめやがって……」
涙が止まらない。
ハンカチで鼻血や口の周りを拭きながら、ジーンズの前ポケットから懐中時計を出して確認した。
壊れていない。
ホッと胸を撫でおろしつつ、時計の針を追う。次の授業が始まる前までには、涙を止めて、普段通りの振る舞いができるように、リセットしないといけない。
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