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「なあなあ、影太たちも聞いてた? 金井くんのこと。ありゃ、骨が折れてるよ。全治一か月ってとこかな。可哀そうに」
影太の机に腰かけた宮崎は、全然可哀そうな表情をしていない。
「女子が見学してて、張りきってたみたいだから、自業自得だな。カッコつけすぎなんだよね」
宮崎は、ふんっと鼻で笑った。
「ちょっと、宮崎! あんた、笑ったりして不謹慎ね。金井先輩を悪く言うと、クラス中……いや、学校中の女子を敵に回すことになるからね。覚えておきなさいよ」
里加の言うとおり、晋太は学校中の女子に人気がある。六年生の中でも背は飛びぬけて高く、鼻筋の通ったイケメンは、デビューして歌を歌っているアイドルとそんなに変わらない。
いや、むしろ、見た目だけなら、晋太の方が上かもしれない。
実際、晋太がザッツ事務所のオーディションに合格して、ヤングザッツとしてテレビに映ったという都市伝説まで生まれている。
そんな容姿の晋太をいとこに持てば、普通は、鼻高々に自慢するところだろうが、影太はそれをしない。ことあるごとに晋太にいじめられていて、影太自身が晋太のことを好きではないからだ。
そして晋太は、男子からの評判はけっして芳しくない。尖った性格で、気にくわないことは、力ずくでも変えてしまうので、距離を置く児童も多い。昔であればガキ大将と呼ばれるような存在だった。
「晋ちゃんのケガ、あれは憑神が原因だから、しょうがないよ。運命と思うしかない」
「は? なんの話? ツキガミってなに?」
影太がポロリとこぼした言葉を、宮崎がすかさず拾った。さすがはパパラッチの異名を持つだけのことはある。その宮崎が興味深そうに、影太に顔を近づけてくる。
Tシャツの首は伸びきってヨレヨレで、肩の縫い目はほつれて穴が開いていた。いつも貧乏神を連れている。
影太はそれを誰にも言っていなかったが、いよいよ、間近で見ると、筋肉モリモリの貧乏神が憑いていて、思わず息を飲んだ。
「どうしたの影太? なんか変よ。ひょ、ひょっとして、見えるの? 何かいるの?」
里加はするどい。が、悟られないように、影太は首を振った。
「あ、宮崎に何か憑りついてんのね。そうか、貧乏神でしょ?」
影太は、さらにブンブンと勢いを増して首を振り、里加の恐るべき第六感を否定する。
「ちょっ、ちょっと、里加ちゃん、失礼じゃないか? 僕に、そんなの憑いているわけないじゃん。見た目で言ってるでしょ」
「見た目だけど、たぶんそうよ。なんか、わたしにも宮崎に憑いてる貧乏神が見えてきような気がするわ」
里加はじーっと、宮崎に顔を近づける。
「里加ちゃん、そんな……。侮辱だし、差別だし、偏見だし……。なあ、影太、何とか言ってやってくれよ」
宮崎と里加の会話をそっちのけで、宮崎に憑いているムキムキマンはずっと影太を睨み、下あごを突き出して威嚇してきている。そしてついに、和装の前をはだけさせ、上半身をむき出しにした。
「いや、強力なのが憑いてる……」
影太は、思わず口走っていた。
「は? 本当に?」
「ほんとうだ。上半身をむき出しにした筋骨隆々の貧乏神が見える」
身長二メートルはありそうな屈強な貧乏神だった。
「何見とんねや、お前」と、そいつが影太に凄んできた。
「うそ!? 本当に? ちょ、ちょっと、影太、早く追っ払ってくれよ」
宮崎を無視して、影太は、そっと机の上の壺を、ウエストバッグに戻し、里加を見やる。「何してんのよ」とでも言いたげな表情である。
「やだ……やりたくない」
影太は、ぼそりとこぼした。
「う、噓でしょ、影太!? 人でなし!」
里加が立ち上がって声を上げる。
一方の宮崎は、へなへなと腰が砕けたようで、机にしがみついた。
「な、なんだよ、それ。影太、頼むよ。退治してくれよ」
里加の抗議より、宮崎の半べそよりも、鼻先に近づけられた阿修羅のような顔に影太は圧倒され、泣きそうになっていた。
「い、いやだよ。怖いもん。返り討ちにあったらどうすんだよ」
「なによ、それ? 影太、あなた、陰陽寺家の当主なんでしょ? だったら、貧乏神を退治する義務があるんじゃないの?」
「義務じゃないよ。気が向いたら、やればいいってだけだよ。それに、鎮神は退治じゃないから。憑神様を安らかに鎮めることだから」
「そんなの、どっちだっていいじゃない。追い払えれば一緒でしょ。宮崎の悪霊、追っ払ってあげなさいよ」
「悪霊?」
里加の言葉尻に反応したのはムキムキマンだった。ムキムキマンの声は、影太にしか聴こえない。
「なんで、ボクが自らそんな危険な役目をかって出ないといけないのさ? 里加は見えてないから、簡単にそんなことが言えるんだよ。ここにいるのが、どんなんか、わからないだろ」
「知ってるわよ。筋肉ムッキムキの変態ヤロウでしょ? さっき言ってたじゃない」
「変態ヤロウ?」
ムキムキマンが眉間にしわを寄せる。
「ああ、その通り、筋肉ムキムキの貧乏神さ。でも、ただの筋肉オタクじゃない。めっちゃ威嚇してくるし、きっと、腕っぷしに自信があるんだ。鎮神は厳しいかもしれない。失敗したら、ボクもどうなるかわからない。だから、そんな危険は冒したくない」
「あきれた! 宮崎が憑りつかれてるのに、助けてあげないんだ。見損なったわ!」
里加は影太の机を叩き、教室から出て行ってしまった。
宮崎は虚ろな目をしている。
「悪霊? 変態ヤロウ? なんやねんあいつ」と、ムキムキマンは里加が出て行った教室の後方出口に向かって舌打ちした。
「宮崎、すまないけど、そういうことなんで」
立ち上がろうとする影太の腕を宮崎が掴んだ。そして、宮崎も立ち上がる。
「た、頼むよ、影太。ただで、とは言わないから。とっておきの情報と交換するってことでどうだい?」
「とっておきの情報?」
「とっておきの情報?」
「ちょっと、ややこしいから、お前は黙っていてくれ」
「は? 何?」
「あ、いや、宮崎に言ったんじゃなくて、そこのムキムキ変態ヤロウに」
「あ!? ムキムキ変態ヤロウだあ!? なんや、ワレ、なめてんのか!?」
ムキムキマンは、再び影太の鼻先まで顔を近づけ、凄んだ。
「宮崎、いいから、続けてくれ」
「あ、ああ。かなり信ぴょう性のあるネタなんだけど、影太に関する情報で、ただでは教えられないくらいの特ダネだよ。それを教えてあげるから、オレの悪霊、追っ払ってくれないかな?」
「あ? ワシは悪霊ちゃうぞ! 立派な貧乏神様や!」
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