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二十九 リーク
五月三十一日、木曜、正午すぎ。
昼食のために自宅へもどった田村の携帯が、佐介からの着信を伝えた。
「佐介さん、どうしたんですか?」
佐介の声を聞きながら、田村は明美も通話が聞えるよう、携帯をスピーカーモードにした。明美は、田村が何か警戒しているように思った。
「一昨日の夜はありがとう。今、話している時間があるかな?」
佐介はホテルの客室から田村へ連絡していると伝えてきた。
「ええ、あります」
田村は明美を気にせず話している。明美は田村の会話を聞いた。
「今、どこに居る?」
「自宅です。明美と食事中です。明美が十六時から半夜勤なんです」
田村は明美を見てほほえんでいる。明美も田村にほほえみ、昼食を食べている。
「忙しい時間にすまないね。少しだけ取材結果を話しておこうと思ってね。
田村も警察からいろいろ訊かれたんだ。知っておく権利はあるだろう」
飛田佐介は穏やかに伝えた。
「そうですね。警察は大学まで来ましたからね。
何か新しいことがわかったんですか?」
田村はおちついて話している。
「ああ、わかったよ。
二十五日金曜から二十六日土曜にかけて、天野さんは小梅町のノリコさんの家から近い河川敷の公園でノリコさんに会っていた。
天野さんが飲んだと思われるお茶のペットボトルのキャップを公園で見つけた。
キャップから天野さんの指紋と筋弛緩剤が出た・・・」
佐介は田所の証言をくわしく説明した。
「ノリコさんが容疑者なんですか?」
そう訊く省吾に、省吾の口調はいつもと変らない、おちついている、と明美は思った。
「本人に聞かないかぎり、何とも言えないだろうね」
「警察は任意で取り調べるんですか?」
「取材した証言があるし、一昨日夜の青山和志の件もあるから、任意ではなくなるかも知れないね」
携帯から聞える佐介の声は残念そうだ。
「事件も大詰めですね。
この話、戸田雄一にも話していいですか。彼にも迷惑かけたから」
田村がすまなそうな表情になった。大詰めですねとは、妙な言い方だと明美は思った。
「いいよ。ノリコさんには話さないでくれ。
早ければ明日にも取り調べられるだろうね」
「わかりました。話すのは戸田雄一と明美だけにします」
田村が明美を見ている。
「頼むよ。それじゃあ。事件が解決したら、また」
「はい」
田村は通話を切った。
「聞いたとおりだよ。警察がノリコさんを事情聴取するらしい」
そう言って田村はいつもと変りなくご飯を食べはじめた。
「そうなると任意じゃないね。逮捕されるのかな・・・」
明美はご飯を食べながらつぶやいた。
「どうなるんだろう・・・」
田村はそう言ったままご飯を食べている。
変だ?何でそんなにおちついてご飯を食べていられるの・・・。明美は田村が何か考えているのを感じた。ノリコのことを考えてるのだろうか?それとも取り調べでノリコが話すことだろうか?どっちだろう・・・。
食後。
田村は冗談を言いながら、洗い物や片づけをして少し横になり、午後一時前、授業に出ると言って自宅を出て行った。
いつもと変らない省吾だ、と明美は思った。いや、いつもと同じすぎる・・・。
明美が出勤するまで時間があった。
明美は一時のニュースを見ようと、テレビのスイッチを入れた。テレビのまわりの何かが変っているような気がした。明美はしばらく考えたが、わからないままニュースの時間になった。
天野四郎の事件について何も報道されなかった。人の死も、五日も経てば、こんなものか・・・。
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