三十一 薬の小ビン

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三十一 薬の小ビン

 内藤刑事は野本刑事からの通話を切った。 「もうすぐ来る・・・。もっとゆっくり食った方がいい」」  炉端焼き・里子の客席で、木田ゆみ刑事はホッケ定食のホッケを頬張っている。  木田刑事に緊張は見られない。内藤刑事は、この人は仕事より食い気なんだと思った。 「あら!私としたことが・・・」  中背小太りメガネの木田刑事は内藤刑事の言葉にそう返しながら、ホッケを食べてご飯を口へ運び、ビールを飲んでいる。  二人は店の中ほどにある炉端のカウンターに近いテーブル席にいる。 「へー、いらっしゃい!」  カウンター内の炉端から威勢のいい声が響いた。  店に入ってきた田村省吾がカウンターに座った。 「ママさん、これ、疲れとりに」  田村がカウンターに薬の小ビンを置いた。 「ありがとう」  カウンター内から尾田ノリコが小ビンを取ってキャップをはずし、薬を手にとって口へ入れた。カウンターの内側から水のコップをとって水を飲んでいる。 「やっべー!」  木田刑事が箸とビールを置いて席を立とうとした。 「待て。すぐに変化はないはずだ・・・」  すぐさま内藤刑事が木田刑事をひきとめ、声をひそめて野本刑事へ連絡した。 「現れました。カウンターでノリコに小ビンを渡し、いきなりノリコが薬を飲みました。  ビンを見ていて気づいたことがあります。おそらく・・・。  様子を見ます」 「了解した・・・」と野本刑事。  田村はノリコにホッケ定食を注文して、ホッケが焼ける前から漬け物と味噌汁でご飯を食べはじめた。カウンターには薬の小ビンが置かれている。  内藤刑事はじっと小ビンを見た。小ビンは、錠剤の破損を防ぐ錠剤保護用の透明な素材が入った、ありふれた薬の小ビンだ。  カウンター内のノリコは田村が現れる前と変らず、きびきびと動いている。飲んだ薬が筋弛緩剤ならそろそろ変化が現れるはずだ。だが、ノリコに変化はない。 「へい、おまたせ!」  ホッケが焼けた。ここのホッケ定食は評判がいい。  内藤刑事事はふたたび野本刑事へ連絡した。 「十分近くたちますが、ノリコに変化はありません」 「葉山に本山が合流した。店の外で待機中だ。  尾田ノリコを監視し、田村省吾が店を出たら小ビンを押収して、尾田ノリコを連行しろ。ノリコに異変があったら救急車の要請だ。話はつけてある」 「わかりました・・・。監視、続行します・・・」  内藤刑事は通話を切った。野本刑事の指示を木田刑事に説明した。 「わかりました・・・」  木田刑事は定食を食べ尽くし、ぐっとビールを飲み干した。  田村省吾は十分ほどで食事をすませ、 「寝る前に三錠飲むと、あの世行きだよ。そうなればすっきりするか・・・」  と笑いながらノリコに話して会計をすませた。 「おかせぎ!」  ノリコは陽気に田村を見送っている。  田村が店を出た。  内藤刑事はウンターへ行きノリコに警察手帳を見せた。 「田村省吾がおいていった薬の小ビンを押収したい」 「どうしたんですか?」  ノリコが驚いている。 「もし、体調に変化があったら救急車を呼んでください。マア、変化は無いと思います。  会計してください・・・」  内藤刑事は手袋の手で小ビンを受けとり透明な袋に入れた。木田刑事は会計をすませた。 「察しはついていると思います。我々の状況は従業員からも客からも見られていません。  これから署まで同行しますか、それとも閉店後出頭しますか?」  内藤刑事はじっとノリコの表情をうかがった。 「これから行きます。  多恵ちゃん!小田君!急用ができたから、後はお願いね。  かほるに来てもらうから、心配しないでね。他の人たちにも話してください」  従業員にそう伝え、ノリコはかほるに、スナック・ルナを早じまいして炉端焼き・里子を手伝うよう連絡した。 「着換えてくるわ。よかったら来てください」  ノリコは木田刑事と内藤刑事を二階の住居スペースへ通した。 「あの小ビン、なんかあったん?薬飲んだけど、なんともないよ」  ノリコは着換えながらそう言った。 「何錠飲みました?錠剤は小ビンのどの部分にありました?」  内藤刑事は手袋の手で小ビンが入った袋をかざし、中を示した。 「そのビンの中の、保護シートの上にのってた二錠を飲んだわ・・・」  ノリコの顔色が変った。唇がふるえている。演技だろう、と内藤刑事は思った。 「具合が悪くなりましたか?」  と木田刑事。 「具合は悪くないよ。寝る前に三錠飲むとあの世行きだよと言ってた・・・」  ノリコは田村が会計の時に話した言葉をつぶやいた。  午後七時。  R署刑事課に鑑識係員が現れた。 「係長。ビタミン剤と筋弛緩剤です。筋弛緩剤は検出した物と成分が同じです」  鑑識係員は、尾田ノリコから押収した小ビンに入っていた薬と、天野四郎の体内から検出された筋弛緩剤の成分が同じだと言った。 「病院で処方した薬か?」と野本刑事。 「病院が処方した薬です」  鑑識の係員はそう言い切った。  野本刑事は、内藤刑事の説明、「ビンに二種類の錠剤が入っていた」の通りだと思った。  午後八時をまわっている。野本刑事は携帯で葉山刑事に、 「田村省吾を連行してくれ。逮捕状は出る。心配するな」  と伝えて通話を切り、取調室の隣室に詰めている刑事に内線通話で連絡した。 「どうだ、何かしゃべったか?」 「いえ、黙秘してます。日常的な事は話すのですが、事件の事に関しては何も話しません」 「そうか。田村省吾が連行されれば何か言うだろう。そのまま取り調べをつづけてくれ」  野本刑事は内線通話を切った。  物的証拠は出た。しかし完璧ではない。  田村省吾が尾田ノリコに筋弛緩剤を飲ませる動機はなんだ?  田村が天野四郎や尾田ノリコの好き勝手に使われていたのは確かだ。疑似結婚式や天野四郎の店の常連客のためにスキーバスを出すなどして、イベントを手伝っていたのがその証だが、田村にその見返りはなかった。こんなことが、天野四郎と尾田ノリコを殺害する理由にはならないはずだ・・・。野本刑事はそう思った。
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