五 炉端焼き・里子

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五 炉端焼き・里子

 九月下旬、水曜、夕刻。 「なあ、ノリちゃん。子どものこと、ユミに言ったんか?」  本町三丁目の炉端焼き・里子で、天野四郎がホッケを焼きながら言う。 「言ってなあい。言ったらケンカになるっしょ。なったら子どもが危険だもん・・・」  尾田ノリコは棚から右手で皿を取り、もう左手で下腹部を指さして、ホッケが焼けるのを待っている。 「はいっ!ホッケ!あがったよ!」  ノリコから皿を受けとって天野は焼きあがったホッケを皿にのせ、客席担当のかほるを呼んだ。かほるはウィンクするようなまなざしで天野に近寄り、天野を見つめてホッケの皿を受けとった。なごり惜しそうに天野をチラチラふりかえりながら客席へ歩いていった。  かほるの態度を見てパンダ顔のノリコの目がキリリと吊り上がった。ノリコの左手が天野の前掛けを引っぱっている。二人はカウンター内にいる。胸から下は客に見えない。 「だしたん?」  笑みを浮かべた顔を客席へむけたままノリコの目が斜に天野をにらんでいる。 「ホッケは、今、出したんべな!」  天野がスットンキョウな声を出した。珍獣を発見したかのようにノリコを見ている。 「手だよ!手!そいで、ここだんべ・・・」  ノリコの左手がムンズと天野の股間を握った。 「うっ・・・」  天野は身動きできない。 「どうなん?だしたん?」  リズミカルに、ノリコがキュッ、キュッ、キュッと手に力を入れた。 「ウッ、ウッ、ウッ、だ、だ、だしました・・・」 「フン、ガキ、作んなよ!養育費かかんぞ!」  そう言いながらノリコはキュッ、キュッ、キュッと手に力を入れた。 「ウッ、ウッ、ウッ・・・」 「鰺の開き、一枚、お願いしま~す!」  客席から、かほるが天野を見つめてほほえみ、注文を伝えた。今、天野がどういう状況かも知らず、かほるの目は天野に笑いかけている。 「はあいー。鰺の開き、ひとつですね~!  脚の開きは、帰宅してから、楽しんでくださいね~!」  ギョッとするような下ネタを言って、ノリコが客の注文に答え、天野の股間を握った手に力を入れる。 「ウッ、ウッ、ウッ・・・」  ノリコがかほるを目で示して天野四郎に指示する。 「あんなんの、どこがいいいん?サッサと、鰺、焼けよ!」  かほるは二十代前半、ノリコは二十代後半、天野四郎は三十代の後半だ。 「ルナの二人も切っとけさ・・・。  はい、どうもー。一番さん、お勘定、願いしまーすー」  ノリコは笑顔で客の求めに応じながらレジ担当者に指示し、天野に詰めよった。 「切っとけって、刺身、切るみてえに言えねんベな・・・」  ふてくされるように、天野が言った。 「女房、何人も持てねえぞ。子どもと母親と、何家族を養う気なん?」  そして、手は、キュッ、キュッ、キュッ。 「ウッ、ウッ、ウッ・・・、なん家族ったってオメエ・・・」  天野の目がキョトキョトしている。 「私を籍に入れる気、あるん?  はあい!鰺が焼けたよ!・・・早く、鰺、出せよ!」  ノリコの鋭い目つきと言葉とリズミカルな手の動きに天野は為す術がない。 「そりゃあ・・・」  天野はカウンターに近寄ったかほるに鰺の開きの皿を渡した。かほるが、また、ウインクするようなまなざしで天野と目を合わせ、客席へもどっていった。 「私は、アンタが籍を入れる気なくても、生むし、認知もしてもらうよ。  他の女とは、切りなよ!」  リズミカルにキュッ、キュッ、キュッ、と握り、ようやくノリコの左手が天野の股間から離れた。暴走族上がりの女は強い。男の扱いを心得ている。  天野が私を籍に入れなくたって、子どもを認知させちまえばこっちのもんさ。あらゆる事して、この店とスナック・ルナの経営権を手に入れてやる・・・。雇われ経営者だろうと、何だろうと、経営権が手に入ればこっちのもんさ。仲間を集めりゃ、店のひとつや二つ切り盛りできる・・・。  天野はこの炉端焼き・里子の評判がいいと思ってるがそれはちがう。この店が繁盛してるんは私の仲間が居るからさ。かほるが接客してる客のほとんどが私の顔見知りの家族やグループさ・・・。  カウンター内のノリコは接客するかほるを見つめながら、ノリコの左隣で調理する天野へ憎悪の念を飛ばした。炉端焼き・里子のカウンター内に流れる異様な気配は、今や、客席を移動するかほるへむけられつつあった。
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