八 自殺

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八 自殺

 十二月。  株価がさらに下落した。パブ・ブルーマウンテンの客足が遠のいた。  パブ・ブルーマウンテンは成田金蔵の借金の担保に、青山和宣の自宅は銀行の担保になっていた。銀行の金利支払いに支障をきたし、成田金蔵は成田不動産、スナック・スターゲート、スナック・ルナ、炉端焼き・里子、パブ・ブルーマウンテン、そして開店したばかりのパブ・ロンドを銀行に手渡した。  銀行の担保物件になっていた青山和宣の自宅は銀行によって管理された。居住権がある青山はかつての自宅に住んだまま借家住まいの扱いになった。  パブ・ブルーマウンテンを営業できないものの、青山は銀行からブルーマウンテンの管理を依頼され、自宅つづきのブルーマウンテンへ自由に出入りできた。  翌年一月初旬。  天野四郎は独立して自動車販売をはじめた。そして友人や知人から資金を集め、銀行に話をつけて炉端焼き・里子とスナック・スターゲート、スナック・ルナ、そしてパブ・ブルーマウンテンを入手して本格的な経営にのりだした。成田金藏の負債の穴埋めに成田不動産、パブ・ロンドは転売された。  一月中旬。夕刻。  青山和宣は銀行を通じて、天野が炉端焼き・里子とスナック・スターゲート、スナック・ルナ、そしてパブ・ブルーマウンテンを手に入れたのを知った。 「クソッ、なんてこった!銀行は俺にこの店の管理を依頼してた。コツコツ地道に働いて家と店を買いもどそうと思ったのに天野が買い占めやがった」  青山は誰もいないパブ・ブルーマウンテンでそうつぶやいた。  銀行から店の管理を依頼された青山によって、ブルーマウンテンは隅々まで掃除がゆきとどき埃ひとつ見あたらない。  ブルーマウンテンを手に入れた天野が、気安くブルーマウンテンを青山に売るとは思えなかった。仮に売るとしても、銀行から入手した以上の価格を設定すると思われた。天野に対して青山は、かつて天野とおなじサッカーチームいたという同胞意識はなかった。 「クソッ、クソッ・・・」  ブルーマウンテンの棚には手つかずの酒がそのまま残っていた。青山はバーボンのキャップを開け、浴びるように飲んだ。飲むほどに、青山の意識が冴えてきた。  どう考えても妙だ・・・。家を担保に銀行から資金を借入れ、成田不動産に投資して成田不動産から物資を提供されて店を出した。表向きは成田不動産に投資し、その利潤で銀行の借金を返していたことになっていた・・・。  こんなことしなくても銀行から借りた資金で俺は直接店を出せたんだ・・・。  なんてこった!成田不動産は銀行から融資を断られてたんだ!だから、成田金蔵は土地転がしで儲かる話をして、オレに銀行融資を受けさせ、成田不動産に投資させたんだ・・・。オレは成田金蔵にはめられた・・・。  おまけに、天野が店を買い占めた。もう店は買いもどせない。なんてこった・・・。 「兄貴!飲んでんのか?」  非常灯の薄暗いブルーマウンテンに、青山の弟が現れた。 「オレは成田金藏にはめられた・・・。  この店は天野四郎に買い占められた・・・。  家も店も、二度と買いもどせねえ・・・・」 「僕が来年で卒業だ。そしたら二人で買いもどそう!」  青山の弟の和志はそう言って兄を慰めた。 「そう言ってくれると、うれしいぜ・・・」  気休めでもそう言ってくれる弟がいることを青山は心強く思っていた。  その夜。  深夜になっても、青山は家へもどらなかった。弟は心配になってブルーマウンテンをのぞいた。ブルーマウンテンに人影はなかった。  妙だな。晩飯も食わずにどこへ行った・・・。  ふと気になり、カウンターの中をのぞいた。青山は上半身裸の左胸と左の背中に、銅線剥きだしのコードをガムテープで貼りつけてプラグを握りしめたまま、カウンターのコンセントの近くで死んでいた。床にはコードを引きちぎられたフードプロセッサーがあった。 「なんでたあっ!卒業まであと一年だったんだそ!なんで一年待てないんだあッ!」  弟は青山を抱きしめて泣き叫んだ。  翌日。 「アオちゃんを助けようと思って、ブルーマウンテンを手に入れのによう・・・。  買い占めたわけじゃねえんだぞ・・・」  青山和宣の死を知って、スナック・スターゲートの客は田村だけしかいなかった。   カウンターにバーボンが注がれたグラスと、盛り塩された小皿を青山和宣に供え、天野四郎はカウンターの隅で田村に背をむけてむせび泣いた。  天野は青山に、スターゲートとパブ・ブルーマウンテンの経営を任せようと考えていた。スターゲートは本通りの二丁目東側にある。ブルーマウンテンは三丁目東側の路地を十数メートル入った所にあり、歩けばスターゲートから五分もかからない。三丁目の西側には炉端焼き・里子もある。ふたたびブルーマウンテンを経営する青山がいつでも天野と経営について語れる距離だ。  天野と青山は高校で同期で二人ともサッカー部だった。天野はいつも青山を気づかっていた。男は妙なものである。自分の女に冷淡でも、男同士の同胞意識は強い。それが体育系のグループならなおさらだ。高校のサッカー部のときから天野には言葉では表せない同胞意識が流れていたが、青山にはそれがなかった。  明美は、田村から青山と天野の関係を聞き、尾田ノリコを支える族上がりの仲間たちとノリコの関係は、天野が青山に抱いたような同胞意識に基づいているのだろうと思った。
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