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予定外の出来事
四ツ谷会への報告の日、晋哉は直前に寄った東泉組事務所で眉をひそめた。
足元に散らばった紙、ガラス片、難しい顔をした弟分。
事務所の荒れ具合に敵対組織や組対の仕業が頭をよぎったが、ある人物の姿が見えないことで、別の可能性が浮かぶ。
「……ずいぶんと荒らしたな」
「青瀬の兄貴」
片付けをしていた弟分たちがいっせいに頭を下げ腰を落とす。
「櫻井の仕業か」
問いかけと言うよりも確認に近い晋哉の声に、返ってくる声はない。しかし言いづらそうに伏せられた目が、肯定を示していた。
今日も屋上は強い風が吹いていた。
柵にもたれかかっている背中を見つけ、足を動かす。後ろでドアが音をたて閉まったが、背を向けている男は振り返らなかった。
「ずいぶんと散らかしたじゃねぇか、櫻井」
晋哉の言葉に櫻井は何も返さない。数秒間沈黙が続いたが、櫻井が自嘲気味に口を開いた。
「甘いのは俺でしたよ、兄貴」
乾いた笑い声をたてながら、櫻井は空を仰ぐ。やけに素直な櫻井に、事態の深刻さが窺えた。
「白井組のヤツらに俺の計画は潰されました。俺はここまでみてぇです」
「そうか」
肩を落とす櫻井に、晋哉は慰めることもしない。櫻井とはそんな間柄ではないし、あと数時間後には四ツ谷会幹部の前で報告のため、今からではどうにもならないことは晋哉もわかっていた。
「兄貴はそろそろ出るんでしょう?」
「あぁ」
頷いた晋哉のスマホが震える。櫻井から視線を外し確認した画面には、見覚えのない番号が表示されていた。
「こうして話すのは初めてだなぁ、青瀬」
聞こえた名前に、みつきは顔を上げる。イスの後ろで手を縛る紐がきつく、痛みを生んでいた。
大きな倉庫だろうか、薄暗い建物は埃っぽい匂いがする。
「オマエ、いい女飼ってんじゃねぇか」
四十代くらいの男が、下品な視線をみつきに這わす。
男が持つスマホの向こうに晋哉がいるのかと思うと、みつきの恐怖心が和らいだ。
「なぁ、青瀬に声聞かせてやれよ」
「……っ」
男がスマホを耳に当てたまま、顔を近づかせてくる。首を生ぬるいものが舐め、みつきは息をのんだ。
「んー、初々しくていいじゃねぇか。なぁ青瀬、俺にも味見させてくれよ。あ、このまま声聞かせてやろうか?」
晋哉以外に触られる。頭に浮かんだ行為に、みつきの体は硬くなった。
嫌だと思うのに、手を縛られ、周りを男たちに囲まれている状況では逃げ出すことも出来なかった。
「急がねぇと間に合わねぇぞ」
通話を終えた男は楽しそうにニヤリと笑う。スマホをしまうと、またみつきに近づいた。
「なぁ、青瀬とはどのくらいヤッたんだ? ん?」
肩に置かれた手がするすると下にさがる。帯が緩められ、みつきは背筋を凍らせた。
「失礼しやす……そろそろお時間です」
「なんだ、もうそんな時間か。まぁ四ツ谷会から戻ったら楽しませてもらうか」
掛けられた声に男は体を離す。襟をただし、スーツに汚れがないことを確認すると、出口に向かって歩き出した。
「青瀬の目の前でヤるからお前らアイツが来ても殺さねぇ程度にな」
「承知しやした」
男が残した言葉に、みつきの心臓が痛いくらいに鼓動を刻む。
晋哉がここに来るかはわからない。晋哉以外に触れられるのは嫌だが、それ以上に、晋哉が痛い思いをするのがみつきは耐えられなかった。
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