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怒りと賭け
スマホを握りしめる晋哉は、忘れていた呼吸を再開した。
全身が熱く、何かが腹からせり上がる。こんなに強く怒りを感じたのは初めてのことだった。
「兄貴、白井組の若頭ですか」
「……あぁ」
晋哉の怒りを感じ取ったのか、櫻井が電話の相手を訊ねる。急いで向きを変え歩き出した晋哉に、櫻井はもう一度声をかけた。
「兄貴、アイツのところになんて行くことねぇ! わかるでしょう? 今からじゃ四ツ谷会への報告までに間に合わねぇ!」
「……」
まるで懇願するかのような叫びに、晋哉は足を止めた。
白井組の策略にのりみつきの元に行けば、四ツ谷会へは間に合わないことは晋哉もわかっていた。
「青瀬の兄貴、アンタの計画は甘ぇが、白井組に負けるはずねぇ! 確実に会の幹部になれんだ!」
甘いと言いながらも、細部まで練られた晋哉の計画を内心高く評価していた櫻井には、これ以上のものが白井組や、他の組から出るとは考えられなかった。
大きな組織の幹部。それはこの世界の憧れであり、誰もが手にできるものでは無い。
「俺の憧れるアンタは、どんな難しい仕事も淡々とこなすはずだ! ここで行っちまったら、親父からの仕事はどうすんだよ!」
「……忘れたのか、櫻井。俺の計画を理解してるのは、俺だけじゃねぇだろ」
言葉が出ない櫻井を置いて、晋哉は扉を開ける。賭けではあるが、晋哉も東泉からの仕事を放棄するつもりはなかった。
「俺は好きに動く。お前も好きにしろ」
晋哉の足が扉を跨ぐ。後ろで音をたてドアが閉まった。
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