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向かった先は
※軽い暴力表現があります。
「こちらでございます」
四ツ谷会本部の廊下を、男は歩く。
案内人が止まった大きな扉前で、一度息を吐き出した。
今度は息を吸い、扉に手をかける。革靴の足音を響かせながら、男──櫻井は、幹部が待つ部屋へ入った。
上等な革靴が汚れるのも気にせず、みぞおちに強い蹴りが入る。
呻きながら倒れた男が蹴り飛ばされ、土埃がまった。
「みつき!」
初めて聞いた自分を呼ぶ声、乱れた髪、焦りと安堵が混じる顔。
倉庫にいた男たちを伸し、駆け寄ってくる晋哉に、みつきは安心と不安を抱いた。
「待ってろ、いま解く」
息を乱し苦しそうにしながら、晋哉はイスの後ろに手を伸ばす。すぐにみつきの拘束が解かれた。
前からみつきを抱き込むような体勢の晋哉に、みつきは触れる。すぐそばにいる晋哉を感じるかのように、背中に手をまわした。
震える手で、控えめにジャケットを握る。
「……手、痛くねぇか」
静かな優しさを携えた声が落とされる。
大きな手がぽん、とみつきの頭に乗せられ、そのまま数回撫でた。
屈んでいた晋哉の体が伸ばされ、離れていく。
「怖い思いをさせてすまなかった。怪我してねぇか。アイツに何かされたか」
体を離した晋哉はみつきを見て怪我がないか確認する。怪我はないと頷くと、みつきは晋哉の手を掴んだ。
「……見た目ほど酷くねぇから、そんな顔すんな」
人を殴ったからだろう。手の甲は血が滲み、腫れ、痛々しい。
晋哉こそ怪我がないか心配するみつきの体が、抱きしめられた。
すべて終わったのだと確認するかのように、大きく息が吐き出される。
「……帰るか」
帰りたい。ふたりで暮らす、あの家へ。
こくりと頷いたみつきも、晋哉を抱き返す。
「なぁ、みつき。おまえも俺と同じ気持ちだと、思ってもいいのか?」
少し体が離れ、見つめ合う。
いつもの考えを読ませない瞳ではなく、真剣で何かを欲する意思が晋哉には見えた。
「っ」
どくどくと痛いくらいの鼓動を感じながら、みつきは頷く。
この想いはずっと隠さなければいけないと思っていたから、信じられない気持ちで晋哉を見つめ返した。
晋哉の体が動き、少しづつ近づいてくる顔。
緊張と嬉しさで息を止めたみつきは、瞼を下ろす。
お互いがここに居ることを確かめ合うかのように、唇が重なった。
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