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番外編 初めての世界
企画でリクエストしていただき書いた話です。
「あれぇ、晋哉のアニキまたいるー」
「ほんとだ、今日こそ遊んでってよぉ」
晋哉とみつきが通りがかった路地、ビルの間から出てきた女性たちが晋哉を呼び止めた。
ちょうど出勤したところだったのか、今日は華やかなドレスを着ている。
「お連れさんもどうぞー」
「えっと……」
まさか自分にも声がかかるとは思っていなかったみつきは、分かりやすく困っていた。
眉を下げ、晋哉を見上げる。
この前のように女性たちをかわそうとした晋哉だったが、みつきを見て、一瞬何かを考える。
そしてみつきの背をぽんと押した。
「みつき、おまえ遊んでこい」
「え? 晋哉さんは……」
「べつに、座って話すだけだ。硬くなることはねぇ。歳のちかいモンだけの方が楽しめんだろ」
「やったぁ、一名様ごあんなーい」
みつき本人には言っていないけれど、歳が近い人との交流がみつきにないことが、晋哉は気がかりだった。
これまでろくに遊べていない分、父親から解放された今は、様々なことを楽しんでいいのではないかと思っている。
「晋哉のアニキにツケとくからねぇー」
「あぁ」
本当にみつきが嫌がるなら、晋哉は断っただろう。
けれど晋哉の意図に気づいたみつきは、女性たちについて行く。
緊張しながらも、きらびやかな店内に足を踏み入れた。
オレンジジュースの入ったコップを持つみつきの両隣には、声をかけてきた女性たちがそのまま座っていた。
店に入って三十分、少しはみつきの硬さも抜けてきている。
しかし、強い香水の匂いと派手な爪、露出度の高いドレスは、まだみつきには見慣れないもので新鮮だった。
「晋哉のアニキって夜はどうなの? ガンガン攻めるタイプ? 優しい感じ?」
「えっと、気遣ってくれます」
「うわー、惚れるわ」
「これは本気で惚れるってことじゃなくて、良いねってことだから」
あの晋哉の恋人。はっきりと確認されたわけではないが、晋哉が組員以外を連れていたということで、誰もがすぐにわかっていた。
みつきに付いているのはふたりの女性だが、さっきから何人も他の女性たちが来て、みつきに話しかけていく。
晋哉のようにかわすということを知らないみつきは、女性たちの質問に素直に答えていた。
「みつきくん絶対また来てねぇ。今度は晋哉のアニキと一緒にさ」
「は、はい、晋哉さんに、言ってみます」
また知らない世界に触れたみつきは、思っていたより怖くなかったことに安堵する。
女性たちの質問攻めに律儀に答えながら、みつきは初めての体験を楽しんだ。
「おまえ呑んだのか?」
「いえ、お酒は呑んでないんですけど、なんだかあてられちゃって……」
酒は呑んでいないが、酒の匂いとその場の雰囲気にあてられたみつきの頬は、ほんのり赤く染っていた。
ソファに座る晋哉に近づくと、手首を掴まれる。そのまま手を引かれ、バランスを崩したみつきは晋哉の体に倒れ込んだ。
密着したみつきから酒の匂いがし、晋哉は不思議な心持ちになる。
「楽しめたか?」
「はい、楽しかったです」
「そうか」
新しい世界を教えてくれた晋哉にお礼を言おうと顔を上げたみつき。
しかしみつきが言葉を発する前に、晋哉の唇が声を奪った。
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