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家族
クリームソースがわずかに残っている皿が下げられ、代わりに温かい緑茶が置かれる。
食後のお茶を用意したみつきは、自分の存在を消すかのように静かに離れた。
いつもならなるべく晋哉の視界に入らないように、自分が借りてる部屋へと引っ込んでいる。
しかし今日は、湯呑みでお茶をすするこの家の主に呼び止められた。
「そこに座れ」
「……」
そう言って晋哉が視線を向けた先は、晋哉の向かいのイス。
初めてのことに戸惑っているみつきに、晋哉は痺れを切らして立ち上がった。
体を硬くしたみつきの横を通り、キッチンに向かう。収納棚からひとつの湯呑みを取ると、食事をしていたテーブルに戻った。
困惑しているみつきの手から急須を取り、緑茶を注ぐ。
湯気をのぼらせる湯呑みをテーブルに置くと、さっきまで座っていたイスに腰を下ろした。
またみつきに視線で座れと促す。
突然のことに何を言われるのかとビクビクしながら、ようやくみつきも静かにイスに座った。
「俺が言うのも変な話だが、父親と離れて、寂しくないのか。家族と呼べるのは父親くらいなんだろ」
何か注意をされるのか、追い出されるのか、それともついに料理洗濯とは違う他の世話をさせられるのかと身構えていたみつきは、晋哉の言葉に一瞬呆けてしまった。
しかしすぐに答えなければと、晋哉の問いを頭で繰り返す。
家族、父親、他の家族。晋哉の話ぶりに、きっと母がいないことは知っているのだろうとみつきは思う。
「……」
何と答えれば良いのか迷ったまま、みつきは困り顔で微笑んだ。
取り出した小さなノートに、ペンで文字を書いていく。
晋哉に向けられた紙には、父は自分のことを家族としてみていなかったと思います、という文字が並んでいた。
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