面倒事と休憩

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面倒事と休憩

晋哉が事務所から出ると、うすら笑いを浮かべた男が声をかけてきた。 シンプルなスーツ姿の晋哉とは違い、ホストのような派手な外見の男に視線だけを向ける。 「櫻井か」 「ひとつお話しておきたいことがあったんです、青瀬の兄貴」 ポケットに入れられたままの腕でアクセサリーがじゃらじゃらと音を鳴らす。 明らかに晋哉を舐めている態度。この世界では舐められることが最大の屈辱だが、晋哉は表情を少しも変えなかった。 ただ淡々とした眼差しで櫻井と呼んだ男を見る。 「四ツ谷会の幹部の話ですがね、俺も参加させてもらう事になったんです」 「お前が?」 「えぇ、親父に頼み込んで。俺は兄貴とは違って野心家なんですよ。やるからには本気でとりにいくんで、ひとつお手柔らかに」 「そうか」 それ以上話がないとわかると、晋哉は開けられたドアから車に乗り込む。 櫻井は頭を下げるでもなく、相変わらずうすら笑いを浮かべたまま晋哉が乗る車を見送った。 「……面倒だな」 微かな揺れの中、晋哉は小さく呟く。 自分に頼んだ後に親父が櫻井にも声をかけたとは考えられない。きっと櫻井の言う通り、あいつが勝手に親父に頼み込んだのだろう。 白井組を潰せられれば、晋哉である必要も無い。しかしここで自分が辞退すれば、弟分に仕事を奪われたことになる。 予期していたよりも面倒事になりそうな予感を抱きながら、晋哉は窓の外を眺めた。 タブレットに落としていた視界に、白い手が映り込む。ハッとして視線を上げると、みつきが少し驚いた顔で立っていた。 みつきの手が離れた場所には、コーヒーの入ったマグカップ。湯気が昇ったと同時に、芳ばしい匂いが漂った。 「……もうこんな時間か」 ちらりと時計を見れば、日付が変わる時刻を示している。集中が途切れると途端に目の疲れや肩のこりが気になりだした晋哉は、軽く首を動かした。 晋哉にコーヒーをいれ、自分の役目が終わったみつきは、自室に戻ろうと足を引く。しかし、すぐに細い腕を晋哉の手が掴んだ。 「座れ」 怒気は含んでいないが、他の何の感情も感じ取れない声に、みつきは困惑する。晋哉の目はソファの空いているスペースに向けられていた。 突然のことにどうしたらいいかわからないが、手を振り払うわけにもいかず、みつきは晋哉の隣に遠慮がちに座る。 なぜ呼び止められたんだろうと考えるみつきに、更なる驚きが訪れた。 動いた晋哉が、ソファに横になるように体を倒した。頭がみつきの足にのり、膝枕のかたちになる。 「少し休憩する」 晋哉は向こう側に顔を向けているから、みつきから表情は見えない。 どうしたら、なんで、と戸惑うみつきの心臓は、緊張や驚きでか、どくどくと速い鼓動を刻んでいた。
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