1人が本棚に入れています
本棚に追加
幽霊は煎餅しか食べられない
「マカロンが食べたい」
食べ飽きた濡れ煎餅を齧りながら、呟いてみる。
「煎餅食べながらマカロンとか言うなよ」
「しょうがないでしょ。この煎餅は私の好物なんだから」
私が煎餅しか食べれなくなったのは誰のせいだ。怒った心を隠すように、マカロンの美味しいところを指折り主張する。せめて楽しそうにでも見えれば良い。
「マカロンって甘いし、サクッとしてるし、もちもちしてるし」
鈍感な彼にはこれだけで十分。きっと濡れ煎餅と比較でもしているでしょ。重ねて嘘を並べる。
「素敵だよね。それだけのハーモニーっていうの? それが一つにまとまっているお菓子ってとても魅力的」
「君が煎餅を好きなのも同じ理由?」
「ふふ、大正解!」
彼は私のことを全く分かっていないみたい。私が煎餅を好きなのは、噛み砕いた音で、世界の音が聞こえないからなのに。
彼が可愛いと言った笑い方をして、また彼を騙す。
「マカロン、お母さんが小さい頃に誕生日に買ってくれて。高いからもうずっと食べてないんだよね」
なんとしてでも煎餅以外のものが食べたくて、彼の優しさを揺さぶる。感動する話に弱い彼は、きっと「お母さんがくれた思い出のマカロン」を買ってくれる。
「まあその時はあまりの高級感に、美味しくないって言っちゃったんだけど」
「……マジか」
「ほら、小さい頃は食べれなくても、大人になったら食べれるって話よくあるでしょ」
それはそこまで嘘じゃない。貧しい家庭で育った私は、素朴な料理が好きで、高級感が溢れるフレンチはとことん苦手だった。それでも彼と出会ってからは、少しずつ美味しいと思えるようになった。
「煎餅ばっかり食べても飽きちゃうしー」
「飽きるんだ、煎餅」
もうとっくに、煎餅には飽きている。
「嘘だよ。飽きない飽きない」
一息ついて、また煎餅を齧る。硬い感触と、しょっぱい味が口に広がる。
「…俺の隣に君がいること、俺はどう思えばいいの?」
「嬉しくない? 仮にも好きな人が隣にいるんだよ?」
「…あんま素直に喜ぶのは君が嫌だろ」
今更私が嫌とか遅いにも程がある。それに、もう私はここの世界に残っているには、彼の隣にいるしかないんだから仕方ない。
彼の好きな人に、私はもうなれない。だからわざわざ「仮」なんて言葉を使ったんだ。
「もう嫌とか関係ないよ。隣にいるしかないし」
こんな束縛のような状況、どうやったって変わらない。
「マカロン、欲しい?」
「え?」
思わずそんな声が出た。さっきからマカロンが食べたいという話をしていたはずなのに。
「貰えるなら欲しいけど」
「…でも、煎餅以外のものを食べてるの見たことないよ」
だからそれは誰のせいだ、と叫びそうになるのも我慢して、煎餅を咥える。
「食べれるかなんて知らないよーだ。あなたには私にマカロンをあげる義務があるでしょ。それがせめてもの贖罪じゃない?」
「…怒ってるよね」
「怒らない人いないでしょ、普通。こんな体にされてさ」
煎餅しか食べれないし、彼の隣にしかいれない。こんな不便な体にされたんだから、恨むしかない。
怒りを隠しきれず、窓を背に両手を広げた。今日は晴れた日だから、青い空がよく透けるだろう。彼が気まずそうに俯いた。
「……マカロンって、あなたは特別な人って意味があるんだよ」
そんなこと言っても、私は恋に落ちない。それに私だってそれくらい知ってる。幽霊が自分を殺した人に縛られることだって、知ってる。
「…へぇ」
何も考えないように、感情を込めずに言う。
「確かに私にとって、あなたは特別な人だね」
きっとこの先の言葉は、彼は聞きたくないだろう。
だって私はあなたに殺されたんだもの。
最初のコメントを投稿しよう!