幽霊は煎餅しか食べられない

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幽霊は煎餅しか食べられない

「マカロンが食べたい」  食べ飽きた濡れ煎餅を齧りながら、呟いてみる。 「煎餅食べながらマカロンとか言うなよ」 「しょうがないでしょ。この煎餅は私の好物なんだから」  私が煎餅しか食べれなくなったのは誰のせいだ。怒った心を隠すように、マカロンの美味しいところを指折り主張する。せめて楽しそうにでも見えれば良い。 「マカロンって甘いし、サクッとしてるし、もちもちしてるし」  鈍感な彼にはこれだけで十分。きっと濡れ煎餅と比較でもしているでしょ。重ねて嘘を並べる。 「素敵だよね。それだけのハーモニーっていうの? それが一つにまとまっているお菓子ってとても魅力的」 「君が煎餅を好きなのも同じ理由?」 「ふふ、大正解!」  彼は私のことを全く分かっていないみたい。私が煎餅を好きなのは、噛み砕いた音で、世界の音が聞こえないからなのに。  彼が可愛いと言った笑い方をして、また彼を騙す。 「マカロン、お母さんが小さい頃に誕生日に買ってくれて。高いからもうずっと食べてないんだよね」  なんとしてでも煎餅以外のものが食べたくて、彼の優しさを揺さぶる。感動する話に弱い彼は、きっと「お母さんがくれた思い出のマカロン」を買ってくれる。 「まあその時はあまりの高級感に、美味しくないって言っちゃったんだけど」 「……マジか」 「ほら、小さい頃は食べれなくても、大人になったら食べれるって話よくあるでしょ」  それはそこまで嘘じゃない。貧しい家庭で育った私は、素朴な料理が好きで、高級感が溢れるフレンチはとことん苦手だった。それでも彼と出会ってからは、少しずつ美味しいと思えるようになった。 「煎餅ばっかり食べても飽きちゃうしー」 「飽きるんだ、煎餅」  もうとっくに、煎餅には飽きている。 「嘘だよ。飽きない飽きない」  一息ついて、また煎餅を齧る。硬い感触と、しょっぱい味が口に広がる。 「…俺の隣に君がいること、俺はどう思えばいいの?」 「嬉しくない? 仮にも好きな人が隣にいるんだよ?」 「…あんま素直に喜ぶのは君が嫌だろ」  今更私が嫌とか遅いにも程がある。それに、もう私はここの世界に残っているには、彼の隣にいるしかないんだから仕方ない。 彼の好きな人に、私はもうなれない。だからわざわざ「仮」なんて言葉を使ったんだ。 「もう嫌とか関係ないよ。隣にいるしかないし」  こんな束縛のような状況、どうやったって変わらない。 「マカロン、欲しい?」 「え?」  思わずそんな声が出た。さっきからマカロンが食べたいという話をしていたはずなのに。 「貰えるなら欲しいけど」 「…でも、煎餅以外のものを食べてるの見たことないよ」  だからそれは誰のせいだ、と叫びそうになるのも我慢して、煎餅を咥える。 「食べれるかなんて知らないよーだ。あなたには私にマカロンをあげる義務があるでしょ。それがせめてもの贖罪じゃない?」 「…怒ってるよね」 「怒らない人いないでしょ、普通。こんな体にされてさ」  煎餅しか食べれないし、彼の隣にしかいれない。こんな不便な体にされたんだから、恨むしかない。  怒りを隠しきれず、窓を背に両手を広げた。今日は晴れた日だから、青い空がよく透けるだろう。彼が気まずそうに俯いた。 「……マカロンって、あなたは特別な人って意味があるんだよ」  そんなこと言っても、私は恋に落ちない。それに私だってそれくらい知ってる。幽霊が自分を殺した人に縛られることだって、知ってる。 「…へぇ」  何も考えないように、感情を込めずに言う。 「確かに私にとって、あなたは特別な人だね」  きっとこの先の言葉は、彼は聞きたくないだろう。  だって私はあなたに殺されたんだもの。
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