君は煎餅しか食べない

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君は煎餅しか食べない

「マカロンが食べたい」  濡れ煎餅を食べながら、彼女が言った。 「…煎餅食べながらマカロンとか言うなよ」 「しょうがないでしょ。この煎餅は私の好物なんだから」  ならマカロンはいらないだろ。 「マカロンって甘いし、サクッとしてるし、もちもちしてるし」  指折り楽しそうに彼女が唱える。マカロンに比べて煎餅は。しょっぱくて、カリカリして、バリバリしてて。 「素敵だよね。それだけのハーモニーっていうの? それが一つにまとまっているお菓子ってとても魅力的」 「君が煎餅を好きなのも同じ理由?」 「ふふ、大正解!」  目を細めた彼女は、煎餅ばかり食べているおっさん女子とは思えないほど可愛らしい。そういうところが、彼女を諦めな切れない理由だった。 「マカロン、お母さんが小さい頃に誕生日に買ってくれて。高いからもうずっと食べてないんだよね」  なんだその、特別なお菓子設定は。買わないという選択肢がなくなりそうだ。 「まあその時はあまりの高級感に、美味しくないって言っちゃったんだけど」 「……マジか」 「ほら、小さい頃は食べれなくても、大人になったら食べれるって話よくあるでしょ」  彼女の子供っぽい性格は、果たして大人になったと言えるのだろうか。まあ、見た目だけはたくさんの人が惚れるような容姿になった。彼女を独占できる俺は幸せ者だな。 「煎餅ばっかり食べても飽きちゃうしー」 「飽きるんだ、煎餅」  彼女が煎餅を嫌いになる日は、いつかきっと来る。今の俺のままだったら、すぐに。 「嘘だよ。飽きない飽きない」  そういえば、彼女にマカロンを贈る前に、聞いておきたいことがあった。 「…俺の隣に君がいること、俺はどう思えばいいの?」 「嬉しくない? 仮にも好きな人が隣にいるんだよ?」 「…あんま素直に喜ぶのは君が嫌だろ」  今更君のことを気にかけても遅いけど。せめて形だけでも、って思うのは仕方ない。俺の告白は、自分勝手にも程があったし。 「もう嫌とか関係ないよ。隣にいるしかないし」  我ながらタチの悪い束縛だ。じゃあせめての恩返しを。 「マカロン、欲しい?」 「え?」  俺は彼女が欲しいと言わなくてもマカロンを渡すつもりだったから、結果は変わらない。まあ、彼女に渡せるかどうかは知らないが。 「貰えるなら欲しいけど」 「…でも、煎餅以外のものを食べてるの見たことないよ」  煎餅を口に咥えながら彼女が目を丸くして、不満そうな顔をする。 「食べれるかなんて知らないよーだ。あなたには私にマカロンをあげる義務があるでしょ。それがせめてもの贖罪じゃない?」 「…怒ってるよね」 「怒らない人いないでしょ、普通。こんな体にされてさ」  機嫌が悪そうに両手を広げる。彼女の者者な手の奥に、よく晴れた空が透ける。  目のやりどころに迷って結局俯いた。 「……マカロンって、あなたは特別な人って意味があるんだよ」  話題を変えようと言った言葉は、彼女に響かなかったようだ。 「…へぇ」  彼女は頬を染めるようなこともせず、つまらなそうに言った。俺を異性と思っていない様子だし、お菓子に込められた意味なんて興味ないだろう。 「確かに私にとって、あなたは特別な人だね」  その後に続く言葉を、俺は聞き流した。  だって私はあなたに殺されたんだもの。
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