10人が本棚に入れています
本棚に追加
「?」
思わずカップから顔を離したが、異臭はますます強くなる。同時に外が騒がしくなり、応接室に黒ずくめの人物が飛び込んできた。
黒いフルフェイスのヘルメット。黒い上下の防護スーツ。黒いブーツ。
その全身にこびりついた、悪臭を放つ謎の粘液。
「アイゼン! これはどういうことだ?」
コムシン局長が叫ぶ。相手はヘルメット越しに返事をした。
「グンタイネバネバの駆除要請が出てたんですよ。仕方ないでしょ」
「君はこっちが最優先だと言ったはずだ。チーム長は?」
「あれ、聞いてません? 不動さんは先週から産休ですよ。今は俺が代理です」
首もとのアタッチメントを解除してヘルメットを脱ぐと、若い男の顔が現れた。ここまで走って来たのか、汗に濡れた黒髪が額に張り付いている。
「うわー、くせえ」
男は顔をしかめてグローブを外し、さらに防護スーツを脱ごうとした。
「待て、レディの前だぞ!」
「いや、Tシャツ着てるし」
口をへの字にした青年は、ようやくシシリカを認識した。片手を差し出しかけ、少し考えて引っ込める。
「ドーム管理局環境課、害虫対策室駆除班1チーム、愛染延彦です。よろしく」
「……がいちゅうたいさく」
シシリカは呆然と繰り返した。
一旦追い払われたアイゼンは、シャワーを浴びて戻って来た。
「メシ行きましょう。もう俺ペコペコで」
居酒屋にでも連れて行かれるのかと思いきや、向かった先は高台に建つ洒落たレストランだった。ウエイターの先導で、オープンテラス席に案内される。
「参考になるかと思いまして、見晴らしのいい席にしました」
そう言われ、シシリカは自分がドームの中心街を見下ろしていることに気づいた。
「うわあ……」
照度を落とし始めた淡い黄色の空。その下に広がる白壁の街並み。
思ったより涼しい……でもこれから夏に入るから、ドームの気温も上がるはず……エンブの赤い大気は見えないみたい。残念……夕焼けみたいで綺麗なのに……ドームのプリズム層を調整して、透過できないかな……ああその前に、曲面の屈折率と内部空気の散乱効果も計算しなきゃ……
「先生、なに食います?」
思考の流れをぶったぎられ、シシリカは我に返った。
「あ、えっと」
「エンブの名産はヨイドレツチムシです。ここはベロベロとホドホドを出してますね。お勧めはベロベロ」
「じゃあ、それ……」
アイゼンは『ベロベロのカラメリゼ』と『巨大ウキワムシのポワレ』をオーダーした。
最初のコメントを投稿しよう!