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「で、俺は何をすればいいんですかね」
ウエイターが下がると、アイゼンはシシリカに向き直った。
「てっきり会場の害虫駆除をするのかと思ってましたが、違うみたいだ」
「ああ、それで……」
『害虫対策室』なのか。シシリカはかぶりを振った。
「そうじゃないんです。エンブの虫の鳴き声について知りたくて」
「鳴き声?」
怪訝そうなアイゼンに、シシリカは説明した。
「エンブでの生活は、虫との関わりが強いと聞きました」
「はい、まあ。大型の哺乳類を飼うスペースが無いので、虫を活用してます。食用以外に農業や、廃棄物の処理にも」
「その関わりを、作品中に表現したいんです。かつて地球では、人々が虫の姿や声を愛でていたといいます。その文化を取り入れて、一種の舞台装置として虫の声を……」
「お待たせいたしました。本日のメインディッシュでございます」
熱弁は料理のサーブによって中断された。まだ首をかしげているアイゼンを見て、シシリカは声のトーンを落とした。
「……ええと、すみません。連邦アーカイブから当時の音声データを借りるので、聞いてもらえますか? 似たような虫がいればいいと思って」
「了解です。じゃ、食べますか」
皿の上には香ばしく煎られ、甘酸っぱいソースをまとったベロベロが上品によそわれている。一口食べて、シシリカは思わず声を上げた。
「美味しい!」
「でしょ?」
アイゼンが得意気に笑う。その後は、同年代のよしみもあって雑談に花が咲いた。二人ともメタルロックバンド『ウルトラ・ブラックス』の大ファンであるなど意外な事実も判明し、時間はあっという間に過ぎた。
「お疲れ様です。また明日」
滞在先のホテルに送り届けられたとき、ドーム内はすっかり暗くなっていた。月も星も無いドームの夜、街灯の立てる低い音がかすかに響いている。
去って行くアイゼンを見送りながら、シシリカは妙にフワフワした気分で耳をすました。
虫の歌が聞こえればいいのに。
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