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他のエンジニアと合流し、プロジェクトが形を取り始めた頃、アーカイブの閲覧許可が出た。
会議室にプロジェクトメンバーを集め、シシリカはテーブルに置いた端末で音声ファイルを再生した。一同は興味津々で身を乗り出す。
だが、流れてきたのはジージー、ザーザーと雑味のある音だった。
「うわ、ノイズ凄いな」
「だいぶ劣化してますね」
「クマーさん、全然虫の声聞こえないんですけど」
エンジニアたちの意見に対し、シシリカはおずおずと言った。
「あの、これ……これが、虫の声です」
皆が目を丸くする。そのとたん高周波のビイーンという音が加わり、数人が耳をふさいだ。
「本当にこれが? 壊れた室外機みたい」
虫の声はますます大きくなり、ワーンワーンと周期的な音まで混ざりだす。
「すみませーん、いま来客中なんですけど」
ついには隣室から苦情がきて、シシリカは慌てて音を止めた。不快な騒音が去り、気まずい沈黙が残る。
「……今の音を流すのですか?」
コムシン局長の問いに、シシリカは顔を上げた。
「アーカイブの音を直接流そうとは思ってません。これに近い鳴き声の虫を使いたくて……」
「いや、やめた方がよくないですか?」
エンジニアの一人が言う。他の数人もうなずいた。
「私もそう思う」
「せっかくの作品が、ぶち壊しになりますよ」
「で、でも、虫の歌はこの作品の要素の一つなんです。歌は必要です」
「じゃあ、音響のプロにいい感じの音を作ってもらうとか」
「いえ、自然の音でないと! 昔の人は虫の鳴き声に親しんでいたのですから、私たちも……」
さらに言いつのろうとして、メンバーの表情を見たシシリカは口をつぐんだ。
「アイゼン、君はどう思う?」
「さっきの音ですか? しいて言えば……」
言いかけて、アイゼンはポケットから端末を取り出した。画面を見て顔をしかめる。
「コンテナヤードに害虫が侵入したらしい。駆除要請が来たのでちょっと出ます」
そう言うと、さっさと部屋を出て行ってしまった。
「……この件は、検討課題としますか」
うつむくシシリカに、コムシンがとりなすように言った。
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