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『侵入口は熱交換システムのようです。女王はいません』
報告を受け、愛染はヘルメットの内部モニタに表示される情報を走査した。
「7番のフェロモントラップ、位置が悪いな。外側に動かした方がいい」
そう言いながら、自分で対応するため動き出す。他のスタッフはヤード内に展開し、グンタイネバネバとの戦闘を始めていた。ドーム内では毒性の強い薬剤を散布できないため、人工のフェロモンや忌避剤を使って相手を撹乱しつつ、物理的に駆除するのだ。
『ノブさんも大変ですねー。チーム長代理に、芸術家のお世話に』
「マーカー見ろ、マーカー。近くにいるぞ」
『え? うおっ! うおああ!』
愛染はため息をついた。通路に置かれたコーン形のトラップを片手でつかみ、引きずっていく。ふと、頭に芸術家の顔が浮かんだ。アーティストの割に(それとも、それ故に?)内気で弱気な先生。
ひと声かけてくればよかったな。
とはいえ、シシリカの『虫の声を愛でる』という発想が理解できたわけでもない。エンブ人にとって虫とは、食用虫か、使役虫か、害虫だ。
そばでキュルキュルと音が聞こえ、愛染は足を止めた。虫の鳴き声だ。見れば、崩れたコンテナの隙間で何かが動いている。近づこうとしたとき、モニタの隅に赤いマーカーが現れた。
愛染はトラップを放り出すと同時に振り返った。3メートルほどもあるグンタイネバネバが2匹、コンテナに挟まれた通路を猛スピードで向かってくる。
硬い外殻に覆われた、14本脚の兵隊虫。
長い触角が触れるほど接近し、大顎が開いた瞬間、愛染は構えていたショットガンを撃った。
虫の頭が吹き飛び、粘つく体液を全身に浴びる。首を失った体はそのままの勢いで前進し、コンテナの壁に激突した。それを間一髪でかわし、もう一匹の攻撃に備えて身構える。だが、相手は退却を始めていた。前脚に白いものを抱えている。
「ノブさん、大丈夫っすか?」
駆け寄って来たスタッフに片手を上げてこたえながら、愛染はコンテナの隙間を確認した。
「あれ? もう一匹は?」
「ここにいた幼虫を連れてった」
「幼虫? コンテナに紛れてたんですかね」
「たぶんな」
スタッフは、頭の無い虫の死骸を見上げた。
「じゃあこいつは、子どもを助けに来た?」
「子どもというか、妹な」
愛染は訂正した。グンタイネバネバの群れは、一匹の女王から生まれた姉妹で構成される。
「へえ。なんか、すごいですね」
「ああ?」
「こいつらも、子どもは大事にするんですねえ。そういうの、実際に見るとグッときません? 独り身のノブさんにはわからないかなあ、親の愛」
「親じゃないっての」
戦闘はまだ続いている。愛染は一帯の情報を再走査しながら、空になったコンテナの隙間を眺めた。
「実際に見ると、ねえ……」
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