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空が色づくにつれ、その明るさにも変化がおとずれた。
ドーム内を等しく照らしていた光がだんだんと一方向に傾き、人々の影を長く伸ばす。白い街並みは壁面に光を受け、その輪郭が夕焼けの空にくっきりと浮かび上がった。
金色の輝きに包まれた街で、ツチムシの合唱がたけなわに達する。
そして、鳴き声の中に一段透き通った声が加わった。
ヒルル、ヒルルルルル……
どこか金属的で、物悲しい鳴き声。
胸を締めつけるような歌声の中、人々は互いに見かわし、微笑み、涙ぐんだ。
これで最後なんだ……
ふいによぎった考えに、シシリカは胸を突かれた。作品はやがて終わる。エンブでの仕事が終わるのだ。
ツチムシの大合唱は渦となり、人々の感情を呑み込んだ。
一陣の風が吹き渡ったかと思うと、ドーム内の雰囲気が再び変わり始めた。空が暗くなり、強まる風に木々がざわざわと音を立てる。
ドーム内の乾いた熱い空気には、不思議な匂いが混じった。湿り気を帯び、ぞくぞくするような匂い。
子どもたちが歓声とも悲鳴ともつかない声を上げる。指さす空には、青灰色の塊が浮かんでいた。雨雲は強い風に乗り、形を変えながら上空に迫る。人々は、畏怖と期待の眼差しでその様子を見守った。
いつの間にか、ツチムシは歌を止めていた。暗がりの中、冷たい風にあおられながら、人々は空を見上げて身を寄せ合った。
最初の一滴が誰かの額を濡らす。
数秒後、街は夕立に包まれた。
「VR上映のオファーが大量に来てるらしいですよ」
数日後、シシリカはアイゼンの運転する移動端末でドーム出入管理センターに向かっていた。うつむいて端末をいじっているシシリカに、アイゼンは続けて言った。
「俺も、すごく勉強になりました。新しいものの見方を教えてもらった感じです」
シシリカは通信を終え、おずおずと顔を上げる。
「あの……」
「局長も大喜びでしたね。放虫したツチムシがひと月は生きるって聞いて頭抱えてたけど」
「はい、あの……」
「先生も、ぜひまた来てください。売れっ子になっちゃったら難しいかな」
「いえそんな、あの……」
「まあとにかく、先生は才能あるんだから。自信持っていいと思いますよ。もっとこう、強気で」
「あの! 来月、一緒にライブ行きませんか!」
突然の大声に驚いたアイゼンは、とっさに移動端末を停止させた。自動的に路肩に寄り始めた端末を放置して振り向く。
「は? ライブ?」
「実は、来年の『ウルトラ・ブラックス』のツアーで気象アートを依頼されまして……そのツテでチケットもらっちゃいました。2枚」
2枚目についてはいま頼んだのだが、それは黙っていた。『夕立と虫の調べ』を通して、シシリカも多少は強くなったのだ。
そして翌月、アイゼンは貯まっていた有給を消化した。
チーム長代理まで失った害虫対策室駆除班は、一時的に機能停止したという。
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