夕立と虫の調べ

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「この星で気象アートを上演できる日がくるとは。夢のようです!」  惑星エンブの居住ドーム管理局長、コムシン氏は満面の笑みを浮かべた。 「あの、こちらこそ。重要な式典に呼んでいただいて……」  シシリカ・クマーは、おずおずと笑みを返した。緩いウェーブのかかった髪を腰まで伸ばし、くるぶし丈のカフタンに簡素なサンダル。服装はいかにも気象アーティストらしいが、その表情は緊張でこわばっている。 「私は気象アートの大ファンでしてね」  コムシン局長は言った。 「他のドームで上演された作品も、VR上映で全て見ています。『新年、雲海を渡る風』や『霧深き摩天楼の朝』、それに昨年ウリュス大ドームで上演された『都市と台風』の迫力ときたら!」 「えっ? すみません、私の力量であんな大作はちょっと……」 「ははは。こちらとしても予算がありませんよ。ウリュスでは台風に耐えられるよう、数年かけてインフラを強化したそうじゃないですか」  胸をなでおろすシシリカに、コムシンは手ずからお茶を入れた。 「今回の式典は、ドーム建立百年を祝うものです。クマーさんには、市民の郷土愛を高めるとともに、祖の星・地球にも思いをはせるような作品を作っていただきたい」 「あの、それについては、雨が降る作品(プログラム)を考えています……仮に『夕立と虫の調べ』としますが」 「雨ですって?」  コムシンは身を乗り出した。エンブの厳しい環境から市民を守るため、ドーム内の気温や湿度、明るさなどは複合型環境システムで完全に制御されている。雨風は気象アートにより人工的に再現される、いわば第一級の娯楽体験だった。 「地球の古語で、夏の午後に降る一過性の雨を夕立と言ったそうです。夕方の上演なので、ちょうどいいかと……」 「素晴らしい!」コムシンはほくほく顔で言った。「さっそく取りかかりましょう。必要な機材やエンジニアは、すでに手配をかけています」 「ありがとうございます。それで……」 「『虫の生態に詳しい人間』をつけて欲しい、でしたね」  コムシンは壁の時計を見上げる。 「局員に適任者がおりましたので、コーディネーターに任命しました。同席するよう言ってあるのですが」 「あ、では、待ちます」  シシリカはティーカップを手に取った。芳醇な香りを味わおうとカップを鼻先に近づける。しかし、香ってきたのは異様な臭いだった。
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