酒を買いに来た少年

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 その姿をはるか上空で見守っていた一機の宇宙船が、すっと薄い大気を滑っており、酒場から程ない地面に一瞬にして舞い降りた。  真っ白で優雅な宇宙船だった。 「首尾はいかがでしたか?」  宇宙船にしては馴れ馴れしい口調で言いながら、船は少年のためにハッチを開いた。 「おけらさ」  けっと最後の一睨みを酒場にくれながら、少年は船に乗り込んだ。  彼の前に、かしずくように扉が開いていく。  大股に自分の宇宙船の中を進みながら、少年は肩を上げた。 「はなっから、相手にもしてくれねえ」  くすっと、笑いに近い音がした。 「でも、お陰で確かめられたわけですね。聖帝の威光が」  少年はにやりと笑った。 「お前も、酒場の三軒隣のじいさんに文法を習ったほうがいいぞ」  少年は船のブリッジにたどり着き、慣れた仕草で制御盤の前に座った。 「お陰っていうのは、酒が手に入ったときに使う言葉だ」  どすんと腰を下ろし、腕を組み、ブリッジの画面を睨む。  赤茶けた土地が果てしなく続く殺風景な大地を、しばらく無言で見つめていた。  やれやれというように、宇宙船から声がする。 「そんなに飲みたいなら、いくらでもお作り致しますのに。ウェトカでも、グロッソでも、ファグラーダでも。お望みのままに」  船は自分の力量を信頼してもらっていないことに不満をもらしながら、宇宙最悪との呼び名の高い、きつい酒の種類を並べたてた。  少年はくすっと笑うと、ようやく腕を解いた。 「ここの酒は特別製なんだ」  少年は静かに微笑み、頭の後ろで手を組むと、椅子をしならせて天井を仰いだ。 「ローハン・ディエエイリ酒。一瞬にして、世界がぶっとぶほどの刺激があって、喉を燃えながら下っていく。そして天国を見させてくれる……」  目を閉じて、静かに少年が呟いた。 「ここにしか売っていない、宇宙一の酒さ」 「脳が崩れますよ」  心底危惧するように船は呟いた。 「あなたはまだ十歳八ヶ月と十日なんですから」  ふふと、少年は小さく笑った。 「解かったよ、マイア」  少年は制御盤に手をかざし、制御を自分に引き寄せた。 「制御を預けてくれ。()とう。もうここには用事はない。長居する必要もないからな」 「了解です、船長」  船は大人しく主人の言葉に従った。  少年は笑みを消すと、優雅な手つきで宇宙船を操り始めた。  船は静かに浮かび上がり、ほとんど音もさせずに惑星ローハーを飛び立った。  惑星の回転速度、発射角度を綿密に計算した結果だった。  気圏を越えると、少年は静かに口笛を吹きながら漆黒の宇宙を見つめた。 「聖帝セルグラか」  ぽつんと呟くと、少年はにやりと再び笑みを浮べた。 「ったく。やってくれるぜ」   *  銀河帝国史は語る。  人類が宇宙へ旅立ったのは、生命が太古の海より地上に這い出した偉業に匹敵すると。  惑星ガイアに生まれた人類は、宇宙を目指した。  理由は知らない。  多分、太古の海より這い出した生命も、説明が出来なかっただろう。  あるいは、少し肩を(あればだが)すくめて、そこに地上があったから、というのかもしれない。  人類は、自分達の頭の上につねにある、だだっぴろい空間が何を意味するのか、知りたかったのかも知れない。  ここまでおいでと、手招きする美女を追い求めるように。  ともかく。  数人の勇気ある人々が宇宙船で旅立ち、そして、帰ってこなかった。  
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