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プロローグ 英雄と呼ばれた宇宙海賊
かつて畏怖をもって、その名を呼ばれた男がいた。
ツォイス。
それが彼の名。
稀代のペテン師とも、宇宙一の大泥棒だとも、天才航宙士とも、傲慢不遜な暴君とも言われた男。
自身は、宇宙海賊を名乗っていた。
彼は、人を魅了せずにはおかない微笑と冷徹な計算をその目に宿し、黒髪を長く伸ばした美丈夫だった。
当時の大富豪クヴァルス・ディイナから、『貴宝』を奪い、また快楽惑星アマンダから、その星の名を冠する美女アマンダを略奪し、ファトゥーヌスの賭けに勝ち、辺境惑星ラガナを征服した偉業は、形を変えながら人々の間に長く語り継がれていた。
さんざん話が出尽くした後、必ず締めくくりにはこう人々は付け加えた。
ともかく、奴はとてつもない英雄だった、と。
恒星エナゲタの超新星爆発に巻き込まれ、惑星ファングーラと共に宇宙の藻屑と消えた今でも、数々の伝説と共に、彼は宇宙船乗り達の話題の中心を占めていた。
少年らは彼に憧れ、老人たちは遠い目をして彼を想う。
彗星のように彼は現れ、そして去っていった。
人々の胸に、限りない憧憬と恐怖を植え付けたまま。
だが、これは彼の武勇伝ではない。
それよりずっと後。
時代は、聖帝セルグラ帝の御世――物語は、とある宇宙の辺境。
うらぶれた酒場の片隅から始まる。
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