やさしいせかい

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 ――昔。  マスターは有名な研究者で、地位も財産もあった。  そんなマスターにも子供ができ、その世話係兼教育係として俺が作られた。  平和な生活を送っていたが、突然その生活は壊される。  強盗だった。  強盗はマスターの腹部を鋭い刃で突き刺した。  俺はロボットだから、人に危害を加えることはできない。それに、下された指示に従うしかない。マスターが倒れたところで、俺への指示がなくなった。  マスターを襲った強盗に、俺は何もできなかった。  強盗は俺がマスターを殺したように見せるため、俺を横たわるマスターと同じ部屋に閉じ込めた。一方でマスターの子供はというと、お金と共に強盗にとられた。去っていく強盗達の話し声を盗み聞きしたら、「子供は高く売れる」と言っていた。  残されたのは、仕事を全うできなかったできそこないのロボットの俺と、真っ赤な花を咲かせたマスター。 「カルエト……私は助からない。だからお願いよ。私の子供を、みんなの未来を助けて」  マスターにはまだ息があった。  赤く染まった手で、俺の手を握るマスター。  その声は弱く、今にも消えそうだった。 「あなたならできる。だって、あなたを作ったのは、この私よ? だから、お願いね。これは、私との約束だからね」  そう言ってマスターは動かなくなった。  ――そうだ、俺は助けると約束したんだ。  あれから何百年も経っている。マスターの子供が生きているとは考えられない。  でも、目の前にいるエルー。  マスターと似た、髪、声を持つ彼女はもしかしたら……。 「カルエト!? どこに行くんだ!?」  俺の足は外へと向かっていた。  エルーへの応急処置を終えたレントが、怒鳴るようにして俺を止める。 「俺は……マスターとの約束を守らなきゃ」 「何を言っている、カルエト。お前にどうこうできるもんじゃない!」 「ならっ!」  俺はレントの胸倉をつかむ。 「このまま無者に食われるのを黙って見てろとでもいうのか! あんたたちが死ぬのを見てろとでもいうのか!」 「ちがっ、そういうわけじゃ」 「無者は人を食らう。強靭な力があるから、誰も奴を傷つけられない。でも、俺なら。奴の近くまでいけるから、ダメージを与えられる」 「そんなことをやっても、無者がいなくなるわけじゃないだろう? 腹がいっぱいになるまで、無者はその場にとどまるかもしれない」 「そうかもしれない。だけど、そうじゃないかもしれない。やってみなきゃ、わからない!」 「おい、待て!」  レントの制止を振り切って、準備に取り掛かる。  俺が優先すべきは、マスターとの約束。未来を守るという約束だ。俺の体が壊れようとも、その約束が最優先される。  空にいる無者の元へ行くには、飛ばないといけない。だけど、俺には飛行装備はない。準備に当てられる時間は少ない。だったら既存のもので飛ぶ。  レントの試作品の中に、人間用の飛行装置があったはず。エンジンを備え、風を利用することで空を飛ぶことを可能にしたものだ。安全性の試験が未実施ということで、倉庫の中で眠っていた。 「これなら、いける」  無者に近づき、飛行装置とともに眠っていた鋭いブレードを装備する。 「カルエト」  いざ出陣。  そう構えた矢先、静かな声をかけられた。  声の主はレント。そしてその背に、エルーがいる。 「俺たちは、無力だ」  何もできないことを悔やみ、レントは顔をゆがめている。  自分が無力であるということがどういうことなのか、俺もマスターに何もできなかったからよく理解している。 「でも、お前を信じることならできる。カルエト、これを持って行ってくれ」  レントに渡されたのは小さな袋に入った、爆弾だった。 「どこまで効果があるのかはわからないが、昔、俺が戦場で使っていたものだ。戦争を忘れないために持っていたんだが、まさか使い道があるとはな。対人間用だが、あいつにも効くかもしれない。だから使ってくれ」 「ああ。ありがとう」  ブレードとともに、武器はそろった。  今度こそ飛び立とうとしたが、再び止められる。 「カルエト。あなたの帰りを待っているわ。必ず、ここへ戻ってきて」  ついさっきまで真っ赤だったエル―の手が、俺の頬に添えられる。  ロボットの俺にはわからないはずなのに、その手が温かく感じた。 「行ってきます」  優しい二人の元へ戻ってこれるかわからない。出来れば戻ってきたいが、約束はできない。  俺は黒い空へと飛び立った。
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