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2.
衣装をつけてメイクを終えると、気持ちもピリッと引き締まる。
その日は新しい舞台のビジュアル撮影の日で、着物をアレンジした衣装は豪華で美しく、太一によく似合っていた。
「よろしくお願いします」
スタジオに入り、スタッフやカメラマンに挨拶をする。
「それじゃ、風お願いしまーす」
説明を受けたあと、スタッフが大きな扇風機で太一に風を当てる。髪の長いカツラをつけているので、衣装と髪がうまくなびくようにポーズを決めていく。
連続でシャッターを切る音と、指示するスタッフの声が飛び交う中、太一はどの角度がより美しく映るかと考えながら、次々に身体を動かした。
「はい、一回チェックしまーす」
しばらく撮ったあと、パソコン画面で写真をチェックする。太一も一緒に画面をのぞき、ああでもないこうでもないと、意見を出した。
「目線外したほうがいいかも」
「両方欲しいな、この睨みもすごくいいもんね」
「笑顔はなしですよね?」
「うん、あんまり人間味がないほうがいい」
あらためて方向性を確認して、再び撮影へ。
「オッケー! ありがとう!」
「以上になりまーす、ありがとうございましたー」
「ありがとうございます」
撮影を終えて、ぺこぺこと挨拶をしながらセットを出た太一は、スタッフの中に、知った顔を見つけた。
いや、馴染みのスタッフはもちろん何人かいるのだが、そうではなく。
「お疲れさまです。このまえはどうも」
目が合った瞬間、向こうから近づいてきて、太一に挨拶をしたその人は、先日の飲み会で太一の隣に座っていた、名前もわからなかったかっこいい人だ。
Tシャツにデニム姿で、関係者のIDを首に下げている。ということは、少なくとも役者ではないようだ。
「あ、はい。……すいません、こないだはあんまり、あの、話せなくて」
「こちらこそ。きちんと自己紹介もできなくて」
あらためて、と名刺をもらって、やっとわかった。
「ああ、Web、の……?」
「ええ。今日は見学させてもらってます」
名刺の肩書には、Webプランナー、と書かれてあった。具体的に何をするのか、太一にはあまりわかっていなかったが、とにかくWeb制作会社の人だ。今回の舞台の公式サイトをつくってくれているらしい。
「以前も、一度現場ではお見かけしてたんですよ。お話する機会はなかったので、ぼくが一方的に見てただけですけど」
「え、と。タメ語でいいですよ。……よく、現場に入られるんですか」
太一はプランナーの仕事がどのようなものか、あまり理解していない。
「人によりますかね。大体は広報の方と打ち合わせするだけなんですけど、ぼくは現場が見たいので。今日は、太一さんの撮影見れてラッキーでした。その衣装、めちゃくちゃ似合ってます」
「あ、ありがとうございます」ふいに褒められて胸が高鳴る。
「……あの、また、飲み会来てくださいね」
「ええ。機会があれば」
ぺこりと頭を下げて別れたあと、楽屋に戻った太一はその名刺をカメラにおさめてから、大事に手帳に挟んだ。
会社の番号とアドレスしか載っていないから、これを手がかりに個人的に連絡するのははばかられるだろう。
――圭さん。
やっと名前がわかった。あんなに顔がいいのに役者じゃないなんて、もったいない気もする。
太一は心のなかで勝手に『圭さん』と呼んで、次に会える機会を楽しみにしていた。
明らかに年上だし、タメ語でいい、と言ったのに、きちんとした言葉遣いを崩さなかったところも好印象だ。以前も現場にいたことがあると言ったが、あんまり記憶にない。
またいつか、飲み会で会える機会を楽しみに待つしか、太一にできることはなかった。
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