2.

1/1
前へ
/8ページ
次へ

2.

 衣装をつけてメイクを終えると、気持ちもピリッと引き締まる。  その日は新しい舞台のビジュアル撮影の日で、着物をアレンジした衣装は豪華で美しく、太一によく似合っていた。 「よろしくお願いします」  スタジオに入り、スタッフやカメラマンに挨拶をする。 「それじゃ、風お願いしまーす」  説明を受けたあと、スタッフが大きな扇風機で太一に風を当てる。髪の長いカツラをつけているので、衣装と髪がうまくなびくようにポーズを決めていく。  連続でシャッターを切る音と、指示するスタッフの声が飛び交う中、太一はどの角度がより美しく映るかと考えながら、次々に身体を動かした。 「はい、一回チェックしまーす」  しばらく撮ったあと、パソコン画面で写真をチェックする。太一も一緒に画面をのぞき、ああでもないこうでもないと、意見を出した。 「目線外したほうがいいかも」 「両方欲しいな、この睨みもすごくいいもんね」 「笑顔はなしですよね?」 「うん、あんまり人間味がないほうがいい」  あらためて方向性を確認して、再び撮影へ。 「オッケー! ありがとう!」 「以上になりまーす、ありがとうございましたー」 「ありがとうございます」  撮影を終えて、ぺこぺこと挨拶をしながらセットを出た太一は、スタッフの中に、知った顔を見つけた。  いや、馴染みのスタッフはもちろん何人かいるのだが、そうではなく。 「お疲れさまです。このまえはどうも」  目が合った瞬間、向こうから近づいてきて、太一に挨拶をしたその人は、先日の飲み会で太一の隣に座っていた、名前もわからなかったかっこいい人だ。  Tシャツにデニム姿で、関係者のIDを首に下げている。ということは、少なくとも役者ではないようだ。 「あ、はい。……すいません、こないだはあんまり、あの、話せなくて」 「こちらこそ。きちんと自己紹介もできなくて」  あらためて、と名刺をもらって、やっとわかった。 「ああ、Web、の……?」 「ええ。今日は見学させてもらってます」  名刺の肩書には、Webプランナー、と書かれてあった。具体的に何をするのか、太一にはあまりわかっていなかったが、とにかくWeb制作会社の人だ。今回の舞台の公式サイトをつくってくれているらしい。 「以前も、一度現場ではお見かけしてたんですよ。お話する機会はなかったので、ぼくが一方的に見てただけですけど」 「え、と。タメ語でいいですよ。……よく、現場に入られるんですか」 太一はプランナーの仕事がどのようなものか、あまり理解していない。 「人によりますかね。大体は広報の方と打ち合わせするだけなんですけど、ぼくは現場が見たいので。今日は、太一さんの撮影見れてラッキーでした。その衣装、めちゃくちゃ似合ってます」 「あ、ありがとうございます」ふいに褒められて胸が高鳴る。 「……あの、また、飲み会来てくださいね」 「ええ。機会があれば」  ぺこりと頭を下げて別れたあと、楽屋に戻った太一はその名刺をカメラにおさめてから、大事に手帳に挟んだ。  会社の番号とアドレスしか載っていないから、これを手がかりに個人的に連絡するのははばかられるだろう。  ――圭さん。  やっと名前がわかった。あんなに顔がいいのに役者じゃないなんて、もったいない気もする。  太一は心のなかで勝手に『圭さん』と呼んで、次に会える機会を楽しみにしていた。  明らかに年上だし、タメ語でいい、と言ったのに、きちんとした言葉遣いを崩さなかったところも好印象だ。以前も現場にいたことがあると言ったが、あんまり記憶にない。  またいつか、飲み会で会える機会を楽しみに待つしか、太一にできることはなかった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加