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3.
何もない休日に、ぶらりと買い物に出た。
あれから3ヶ月ほど経ったが、太一の呼ばれた飲み会の席に、圭がいることは今のところなかった。
ひとしきり買い物をして、荷物が増えてきたのでそろそろ帰ろうかと思っていたところへ、亮介からの着信があった。
「はい、もしもーし」
『今日って空いてる? 下北来れる?』
「あー……今日っすか」
あからさまに面倒そうな声を出してしまい、電話口で笑われた。
『いいんだよ毎回無理して来なくても。おまえ出席率高いし』
亮介はやさしい先輩だ。じゃあ今日はお言葉に甘えて遠慮しようかと思ったのだが、念のため、確認しておく。
「ちなみに、誰が来るんです?」
太一が尋ねると、亮介は電話の向こうの誰かとひとことふたこと、確認しながら教えてくれた。
『イツキ、ゆーすけ、ぽんちゃん、サトーさん、……あと圭さん、かな』
ドキ、とした。
圭さんってあの圭さん? と聞き返したかったが、圭さん目当てであることは、誰にも知られたくない。
「ふーん……」
太一は素知らぬ顔をして少し考えてから、
「ぽんちゃん久しぶりだし、やっぱりちょっとだけ行きます」と、自然な感じに返事をした。
『そう? んじゃ店決まったら連絡するからー』
どうやら疑われることなく、電話を切った。
太一はほっと胸を撫で下ろす。
やば。やっと圭さんに会えるかも。
時間に余裕があったので、太一は一度自宅に戻り、荷物を置いてシャワーを浴びた。圭に会えるなら、気合いを入れて臨みたい。
まるで合コン前だ。
今日買ったばかりの服を早速おろして、鏡の前で何度もポーズを取った。
おかしくないよね?
よし、と自分に頷いて、出かける準備をした。
その日の店は、お座敷に上がる半個室だった。
これは好都合だ、席の移動がしやすい。と太一は目論む。
圭とは最初離れて座っていたが、酒が進むにつれてトイレに立つ人間も多く、太一はそのすきにだんだんと圭に近づいた。
「お疲れさまです」
「やあどうも。ご無沙汰です」
「タメ口で大丈夫です、ほんとに」
「そう? それじゃあ、まあ……」
自然な感じで、話しかけられたと思う。少なくとも圭は、太一に警戒心は抱いていない。
「圭さんって、今日のメンバーだと、誰とつながってるんですか?」
そう言ってから、しまった、と思う。まだ親しくもないのに、いきなり下の名前で呼んでしまった。だが圭の方は気にする様子もなく、
「佐藤さん。おれなんかほぼ部外者なのに、いつも呼んでもらって、図々しく参加してる」と答えた。
口調が崩れると、いっそうかっこよさを増した。
「そうだったんですね。じゃあサトーさんにお願いすれば、また圭さんに会えるんですかね」
太一の方も、だいぶ酔いがまわっているらしい。圭に話しかける勇気を出すべく、少々ハイペースで飲んでしまった。
「あはは。あれ、おれ狙われてる?」
圭も酔っているのか、笑って流される。
太一は少し冷静になって、おかしなことを口走ったのに気づいた。
「や、あの。……冗談です、ごめんなさい」
「冗談でも嬉しいよ。おれ太一くんのお芝居大好きだから。舞台毎回楽しみに見てるし」
太一くん。
そう呼ばれたのが嬉しくて、言われた内容も飛び上がるほど嬉しくて、顔が赤くなってしまった。でも今なら、お酒のせいだとごまかせる。
「えへ。ありがとうございます」
でれでれと、顔がゆるむ。
よかったー、今日参加して。
太一は心のなかで、亮介に感謝した。
翌朝目覚めたときには圭の連絡先を聞いてないことに気づいて絶望するのだが、少なくともこの飲み会の間、太一はとても夢見心地だった。
それだけは、確かなことだった。
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