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4.
一度逃したタイミングというのは、再びつかむのは困難である。
数回に一回、数ヶ月に一回くらいの頻度で、太一は圭と同席する機会があった。
その度に太一はなんとかして隣に割り込み、話すことには成功していた。ある程度はフランクに会話できるようになってきたところだが、まだ連絡先の交換には至っていない。
「え、焼き肉大好きです! お肉があればしあわせです!」
「ほんと? じゃ今度焼き肉行く?」
「行きます! 行きましょうよ!」
その日も圭との会話の中でそういう流れになって、太一はこれを最大のチャンスと捉え、スマホを取り出そうとした。
圭も確かにそのつもりで尻ポケットに手をやったと思ったのだが。おそらくそのタイミングでちょうど、電話がかかってきたらしい。
「ああごめん、ちょっと電話」
そう言い残し、圭は席を立ってしまった。
丁寧に店の外まで行って電話に出たようだが、その様子は太一の場所からはもう見えなかった。
少しの間、太一は自分のスマホを出したまま待っていた。戻ってきたら忘れないうちに連絡先を聞こうと思って。しかし、太一の期待したよりもずっと長く電話していたようで、やっと戻ってきたと思ったらバタバタと荷物をまとめ始めた。
「大丈夫ですか?」
「ほんとごめん、ちょっと会社戻らなきゃいけなくなった」
「え」
圭は、今日も彼を連れてきてくれたサトーさんのところへ行って、財布から何枚か札を取り出して渡した。それからみんなにぺこぺこと挨拶して、申し訳なさそうに、そして慌ただしく、帰って行ってしまったのだ。
「……」
嘘ぉ。
太一は呆然として、握ったスマホをしばらくしまえずにいた。
だけど、このショックを周りに悟られてはいけないのだ。隣に話しかけてきた亮介には、なんでもない顔で返事をした。
そして、それっきり、圭に会う機会がなくなってしまった。
*
季節は夏だった。
圭と会えなくなって半年ほどが過ぎていた。
最初の何度かは、たまたまだと思っていた。だけどあるとき気づいたのだ。サトーさんの姿を見かけていない、と。
サトーさんというのは太一や、他のメンツもお世話になったことのある劇場スタッフで、そのサトーさんが太一たちと圭をつないでいた。
「イテテテ」
所属する事務所のレッスン場で、太一と亮介はペアになってストレッチをしている。
「太一、あんなに動けるのに相変わらず身体は硬いな」
「も、もうムリ……、痛い痛いッ、ああああ」
開脚した状態でぐいぐいと背中を押され、太一はたまらず悲鳴を上げた。
「ふは。エロい声出てんよ」
「ちょっ、勘弁してくださいよ!」
そんなやり取りをしながら、ひとしきり身体をほぐした。
「太一、今日帰りに飯食ってかね?」
「いいっすよー」
亮介とは、みんなと集まるとき以外でも、ときどきサシメシに行く。この日もそうだ。
だからつい、気を許してしまう。
「そういえば、サトーさん最近見なくないっすか?」
食事しながら、気になっていたことを聞いてみる。
「ああ、そうそう。なんかね、異動になったんだって」
「異動?」
亮介は、どうやら事情を知っていたらしい。今までは現場スタッフだったが、本部の事務局勤務に変わったそうで、それが関西の方なのだとか。
「元々大阪の人だし、地元に戻れるっつって喜んでたよ。また仕事でこっち来ることもあるから、そんときはよろしくって」
「そうなんすね。知らなかった」
などと返事しながら、太一はもはや完全に上の空だ。
サトーさんがいないということは、圭とのつながりが絶たれてしまったことを意味する。
「圭さんにも会えなくなっちゃったね」
「え! なんで?!」
亮介の口から圭さんの話題になり、太一は過剰に反応してしまった。
「いや、サトーさんがいつも圭さん呼んでたじゃん? だから」
「ああ……、そう、そうっすよね」
太一が心配するような意味ではなく、単純に亮介は事実を口にしただけだった。
「なに? 圭さん会いたいんだったら、なんとかしよっか?」
「なんとかなるんスか?」
ごくり、と唾を飲む。緊張でのどが渇いていることに気づいて、グラスの三分の一ほど残ったジャスミンハイを一息に飲んだ。
「まあ、誰かしら知ってんじゃないの。聞いてみるわ」
「あっそんな、すごい、あの、無理しないで、っていうか、すごい会いたいってわけじゃ、あの」
このままだと、亮介はみんなに『太一が圭さんに会いたがってる』と吹聴しかねない。
焦る太一を見て、亮介は少し呆れたように笑った。
「ははは、素直じゃないね。まあいいじゃん、そのうちたどり着くでしょ」
「……っすよ、ね」
太一も、力なく笑った。
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