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 一度逃したタイミングというのは、再びつかむのは困難である。  数回に一回、数ヶ月に一回くらいの頻度で、太一は圭と同席する機会があった。  その度に太一はなんとかして隣に割り込み、話すことには成功していた。ある程度はフランクに会話できるようになってきたところだが、まだ連絡先の交換には至っていない。 「え、焼き肉大好きです! お肉があればしあわせです!」 「ほんと? じゃ今度焼き肉行く?」 「行きます! 行きましょうよ!」  その日も圭との会話の中でそういう流れになって、太一はこれを最大のチャンスと捉え、スマホを取り出そうとした。  圭も確かにそのつもりで尻ポケットに手をやったと思ったのだが。おそらくそのタイミングでちょうど、電話がかかってきたらしい。 「ああごめん、ちょっと電話」  そう言い残し、圭は席を立ってしまった。  丁寧に店の外まで行って電話に出たようだが、その様子は太一の場所からはもう見えなかった。  少しの間、太一は自分のスマホを出したまま待っていた。戻ってきたら忘れないうちに連絡先を聞こうと思って。しかし、太一の期待したよりもずっと長く電話していたようで、やっと戻ってきたと思ったらバタバタと荷物をまとめ始めた。 「大丈夫ですか?」 「ほんとごめん、ちょっと会社戻らなきゃいけなくなった」 「え」  圭は、今日も彼を連れてきてくれたサトーさんのところへ行って、財布から何枚か札を取り出して渡した。それからみんなにぺこぺこと挨拶して、申し訳なさそうに、そして慌ただしく、帰って行ってしまったのだ。 「……」  嘘ぉ。  太一は呆然として、握ったスマホをしばらくしまえずにいた。 だけど、このショックを周りに悟られてはいけないのだ。隣に話しかけてきた亮介には、なんでもない顔で返事をした。  そして、それっきり、圭に会う機会がなくなってしまった。 *  季節は夏だった。  圭と会えなくなって半年ほどが過ぎていた。  最初の何度かは、たまたまだと思っていた。だけどあるとき気づいたのだ。サトーさんの姿を見かけていない、と。  サトーさんというのは太一や、他のメンツもお世話になったことのある劇場スタッフで、そのサトーさんが太一たちと圭をつないでいた。 「イテテテ」  所属する事務所のレッスン場で、太一と亮介はペアになってストレッチをしている。 「太一、あんなに動けるのに相変わらず身体は硬いな」 「も、もうムリ……、痛い痛いッ、ああああ」  開脚した状態でぐいぐいと背中を押され、太一はたまらず悲鳴を上げた。 「ふは。エロい声出てんよ」 「ちょっ、勘弁してくださいよ!」  そんなやり取りをしながら、ひとしきり身体をほぐした。 「太一、今日帰りに飯食ってかね?」 「いいっすよー」  亮介とは、みんなと集まるとき以外でも、ときどきサシメシに行く。この日もそうだ。  だからつい、気を許してしまう。 「そういえば、サトーさん最近見なくないっすか?」  食事しながら、気になっていたことを聞いてみる。 「ああ、そうそう。なんかね、異動になったんだって」 「異動?」  亮介は、どうやら事情を知っていたらしい。今までは現場スタッフだったが、本部の事務局勤務に変わったそうで、それが関西の方なのだとか。 「元々大阪の人だし、地元に戻れるっつって喜んでたよ。また仕事でこっち来ることもあるから、そんときはよろしくって」 「そうなんすね。知らなかった」  などと返事しながら、太一はもはや完全に上の空だ。  サトーさんがいないということは、圭とのつながりが絶たれてしまったことを意味する。 「圭さんにも会えなくなっちゃったね」 「え! なんで?!」  亮介の口から圭さんの話題になり、太一は過剰に反応してしまった。 「いや、サトーさんがいつも圭さん呼んでたじゃん? だから」 「ああ……、そう、そうっすよね」  太一が心配するような意味ではなく、単純に亮介は事実を口にしただけだった。 「なに? 圭さん会いたいんだったら、なんとかしよっか?」 「なんとかなるんスか?」  ごくり、と唾を飲む。緊張でのどが渇いていることに気づいて、グラスの三分の一ほど残ったジャスミンハイを一息に飲んだ。 「まあ、誰かしら知ってんじゃないの。聞いてみるわ」 「あっそんな、すごい、あの、無理しないで、っていうか、すごい会いたいってわけじゃ、あの」  このままだと、亮介はみんなに『太一が圭さんに会いたがってる』と吹聴しかねない。  焦る太一を見て、亮介は少し呆れたように笑った。 「ははは、素直じゃないね。まあいいじゃん、そのうちたどり着くでしょ」 「……っすよ、ね」  太一も、力なく笑った。
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