4 火炎地獄

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4 火炎地獄

 少女の表情が真っ青になり,凝りかたまった。火だるまの犯人に羽交い締めにされ,もう絶望的だ。  満身創痍の体をなめる火炎や黒煙が背中を押す。行くしかない。どうしたってあの子は無理だ。僕だけでも―― 「また逃げるの? 逃げられると思うの?」空告(うつつ)が耳もとで囁く。 「早く行って! 助けを呼んで!」少女が叫ぶ。  馬鹿,助けを呼んできたって,そのときに君はもう…… 「こういう役割をひきうけるのがヤクザなの」哀しげに視線を逸らす。  ヤクザは大嫌いだ。でも僕の知っているヤクザと,君は全然違う。 「戻ってきてよ,ガキは助けるから――ねえ!」犯人が焼け爛れた腕をのばす。  爆風がどっと押し寄せ,窓外へ体をもっていく。少女の腕をつかんだ。指はないはずなのに彼女の肩をしっかり抱き寄せ,2人で白昼の空を舞う。  少女が緑のマットの上に落下して跳ねあがるのを見た。僕もすぐに柔らかい感触につつまれて…… 「えへへへへぇ……」肩ごしに犯人が顔面を突きつける。絡みあったまま猛り狂う炎のなかに埋もれた。  痛みと熱さに耐えきれず,犯人とぶつかりあう。肉は潰れ,折れた骨が内臓を突き破る。噴射した血液の熱さましをするのは数秒だ。ジュッと蒸発するなり万倍の苦痛を連れてくる。頭蓋骨が砕け脳髄が垂れこぼれたとき,待ち兼ねた感覚の鈍化がはじまった。自分のものと犯人のものとの区別のつかない肉塊と骨片と体液のないまぜに沈みながら荒い呼吸をしてひたすらあの声を待つ。 「逃げなかったね――偉かったね」  丸々と肥えたペルシア猫が数万の風船に紛れつつ漂っていた。幅広の大きな頭に短く太い前足をもちあげ,手招きしている。 「早く,早く! こっちだよ!」桃色の足裏から銀の爪を剝くなり,パンチを繰り出す。次々と風船が破裂していく。「早く割って! 一杯いっぱいだよ!」  息つく暇もなく単調な作業を続けていくと,風船の下から棺が現れる。そっと蓋をあければ,微笑を湛えた僕が眠っていた。 「見つかってよかったね――おやすみ,結夢(ゆめ)」ウツツが棺に横たわる僕の瞼を一なめしたとき,長い毛足が頰をくすぐった。
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