「汽笛」

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「汽笛」

夜中に時折、汽笛の音が聞こえることがあった。 時間はだいたい、夜中の二時か三時くらい。 どこか遠い遠いところから、風に乗って聞こえてくる。 ポーーーーーーーーーッ と。 とても細くて、消え入るような音だ。 現存する鉄道の音ではない。 私の住んでる地域に、地上を走る線路はない。 十年以上も前に、すべて地下鉄に変えられた。 それに、なぜかとは答えられないけれど、あれはきっと、汽車の音だ。 おばあちゃんに聞かされた、昭和の初期に走っていた蒸気機関車の汽笛だ。 いつも聞こえるわけではない。 月に、一度か二度だ。 もしかしたら、もっと頻繁に聞こえているのかも知れない。 私がそんな遅くまで起きていないだけなのかも知れない。 あるいは、昼間にも鳴っているけれど、周りの音にかき消されて聞こえないだけなのかも知れない。 とにかく私は、月に一度か二度、眠れない夜更けに汽笛の音を聞くことがあった。 ポーーーーーーーーーッ と。 それは不思議な感覚だった。 まるでタイムスリップをしたような。 違う時代に鳴らされた音が、時間の隙間から今に繋がって聞こえてきたような。 寝床に入って、目を閉じて、心を静かにしていると聞こえてきた。 何もかもが眠りにつき、時間さえも止まってしまったのではないかと思われるほどの静けさの中。 ポーーーーーーーーーッ と。 いったいどこから聞こえてくるんだろう? と考えることはよくあった。 けれど、あえて調べたりはしなかった。 生きていて、一つや二つ、不思議なことがあってもいいではないか。 そう思った。 おばあちゃんの家に行った時、どんな話の流れか忘れたが、汽笛の話をしたことがあった。 夜中に時々、汽笛の音が聞こえてくると。 おばあちゃんは、まるで小さい子供の夢の話でも聞くように、「そうねえ、そうねえ」と言って嬉しそうに聞いていた。 「おばあちゃんは、汽笛の音を聞いたことある?」 「あるともね、ポワーーーーーって」 「ポワーーーーーなんだ?」 「ああ、ああ、けどそんな優しい音じゃないよ。もっとこう、街中の人間の体に響き渡るような音でポワーーーーーって鳴らすんよ」 近くで聞くと、そんな風に聞こえるのかなと思った。 「乗ったことは?」 「乗ったことはないねえ」 「そうなんだ。乗ってみたかった?」 「んーや、そうは思わんかった。遠くで汽車の走る音を聞いてるだけでよかった。今日も汽車さ走ってる。そう思うだけで良かった」 「ふーん」 「戦争やったからね……」 おばあちゃんは、私の実の祖母ではなかった。 母方の祖母の妹だった。 結婚はしておらず、滋賀県の米原に私の実の祖母と二人で暮らしていたのだが、祖母が先に亡くなってからは、おばあちゃんは独りになった。私のことをとても可愛がってくれ、私にとっては幼い頃に死んでしまった実の祖母以上に親しみのある人だった。 私の母親は、私が大学を出るのを見届けるように亡くなっており、父親は私が中学の時に母と私を置いて出て行ってしまった。父親の記憶は年々薄れて行ったが、喪失感と言うか、心に空いた穴だけが、いつまでも底の知れない深い闇を抱いたままふさがることはなかった。そのせいか私は、他人になかなか心を許せない人間になってしまった。感情表現が苦手で、好んで独りでいることが多かった。 そんな私にも、不思議なことに、付き合いを申し込んでくる男性がいた。 三十手前のこんな不愛想な女に交際を申し込むなんて、物好きな人もいるもんだなあと私は面白半分でいた。彼は職場の先輩で、五歳年上だった。生真面目で、不器用で、お酒の飲めない、学生時代にはラグビーをしていたと言うだけあって、体つきのごつい男の人だった。 好きとかいう感情はなかったけれど、なんとなく退屈な毎日が少し面白くなればいいと言う程度の理由で交際を始めた。そしてただ何気ない二人の時間の中に、気が付くと数々の思い出が増えていった。 けれどつい三日前、三十の誕生日を前に、「結婚してくれませんか?」と言われた時には、さすがにまじめに考えた。そして今もその答えを出せずに困っていた。 このままではいけないのかな、と考えた。 幸せではありたいと思う。 けれど、誰もがうらやむような心躍る幸せを手に入れたいとまでは思わない。 私は唄を歌ったりダンスをしたりと楽しむタイプではなく、静かで温かい場所でまどろむような平穏を好むタイプなのだ。 「おばあちゃん、結婚したいと思ったことはないの?」と何気なく聞いてみた。 「どうしたん、急に? ああ、ああ、いい人でもできたんね?」とおばあちゃんは言った。 「うん、まあ。お付き合いしてる人がいてね、結婚しようって言われた」 「お付き合いしとるんなら、何を迷うとるん?」 何を……、迷っているのか。 そう、それを考えなかった。 きっと、何を迷っているのかその正体を知りたくて、おばあちゃんに話をしたのだ。 「どんな人?」 「うーん、いい人だよ。優しくて、一緒にいて心地いい人。ちょっと不器用だけど、私のことちゃんと考えてくれる」 「あんた、もしかして、お父さんのこと気に病んでる?」 「お父さん?」 「お父さん、出て行ったやろ。もしかして、そのこと思い出して、結婚言われてもあんまり嬉しい気持ちせんのやないの?」 「お父さんか……」 それとこれとを繋げて考えたことはなかったけれど、確かにそれはあるのかも知れないと思った。 お父さんが、お母さんと私を置いて出て行ったこと。 私もまた、あの時のお母さんと同じように、心細い想いをするのではないかと言うこと。 「結婚は、悪いことやないよ? あんたのことを幸せにしたいと考える人がおって、その人と約束をするんや。それだけでも幸せなことやないの?」 それだけで、幸せなことなのだろうか。 結局その会話の中で、おばあちゃんが結婚を考えたことはないのかと言う質問の答えをもらうことはできなかった。 けれど、私が結婚の何を悩んでいるのかを考えるきっかけをつかむことはできた。 それだけでもおばあちゃんに話してみて良かったと思った。 それから二週間ほどして、私はまた汽笛の音を聞いた。 私は布団の中にいて、静かに目を閉じ、夢が訪れるのを待っていた。 布団に入ったのが十二時前。 もう少しで眠れそうになりながら、普段は気にもならない時折聞こえる車の音に、何度か意識を引き戻された。 なんとなく予感はあった。 また聞こえるのではないかと。 時計を見ると、深夜の二時をまわっていた。 私は目を閉じ、寝返りを打って布団を深くかぶった。 心地よい温もりに呼吸が浅くなっていったその時だった。 ポーーーーーーーーーッ  と汽笛の音が風に運ばれてきた。 遠い遠いところから。 気のせいかと思えるほど消え入るような細い音だった。 まるで蜃気楼を眺めるような気分でその音を聞いた。 そして私は、その音を引き連れたまま、夢の中に迷い込んで行った。 ポーーーーーーーーーッ 今度はさっきよりも大きく聞こえた。 汽笛の音だけではなく、蒸気機関車の燃えた石炭の煙を吐き出す音、車輪の回転する音までもが聞こえてきた。 いつもと違うな、と霞む意識の中でそう思った。 ポワーーーーーーーーー!  その音はどんどんと近づき、振動となって私の体を震わせた。 私は目を開けた。 もうその時、私はそれが夢であることを認識できなかった。 私の立つ道と機関車の走る線路の間には、荒れた空き地と古い家いえ、そして浅い川が横たわっていた。 ポワーーーーーーーーー! と機関車はまるで、自分の存在を誇るような自信に満ち溢れた音を鳴らした。 D52209と刻まれたプレートを誇らしげに掲げた黒くて巨大な鉄の体躯に畏敬の念さえ覚えた。 吐き出す煙には空でさえもその色を変えた。 重々しい地響きをたて、辺りの地面を揺らしながら目の前を過ぎ去ろうとした。 その時だった。 ドダンッ! と、鼓膜を打ち破るほどの圧力を持った爆発音とともに、機関車はボイラー部分を吹っ飛ばし、脱線した。 爆発する機関車以外の時間が止まったように思われた。 空気が固まったように辺りは静けさに包まれた。 私はあまりの狂気じみたその光景に、悲鳴を上げることもできず、唖然と口を開けて立ち尽くした。 脱線した機関車は、そのまま川へと転がるように転落し、大破した機関室が露わになっていた。 私は気が付くと、声も出さず、呼吸を止めたまま涙を流していた。 機関室の中に、黒焦げになった人のようなものを見た気がした。 私はわけもわからずそこに向かって足早に歩いた。 たどり着くと、吹き飛ばされ、ボロボロになった制服を着た若い男が助けを求めるように這い出てきた。 頭から流した血は、顔にこびりついた煤(すす)を流して黒く見えた。 足が動かないようだった。腕だけを使って必死に動こうとしている。 目から涙を流しているようであったが、それも煤で黒く見えた。 若い男は何かをしゃべろうとしたが、呼吸をするのが精いっぱいのようで、その思いは声にならなかった。 私は自身の止まらぬ涙を拭いもせず、若い男の手を握って頭に膝を貸した。 若い男は目を閉じ、痛みに苦しみながら時折顔を歪ませた。 私はその苦しみを少しでも紛らわしてやろうと血に濡れた髪をかき分け、その頭を撫でた。 血の出所を探ろうと、持っていた手ぬぐいを頭に当て、煤で黒くなった血を拭った。 あふれ出る血液の中に、深い傷があるのを見つけ、私は手ぬぐいを折ってそこに押し当てた。 若い男はその一瞬、眠るように安らかな表情を見せた。 なぜかそんな時に私は、その若い男の顔を美しいと思った。 どれほどの時間が過ぎたかわからない。 若い男は私の握った手を握り返し、苦し気な呼吸の合間に言葉を出せるほどに落ち着いてきた。 「ありがとう……」若い男はそう言った。 私は混乱して話せないのは自分の方だと気づいた。 「最後に……、優しくしてもらった……」 「そんな……、そんな……」 「僕は……、僕は、もう駄目だろう。どなたか知らないが、嬉しかった」 「そんなこと言わないでください! きっと助かります。気を確かに!」 「ああ、ありがとう……」 「待って、待ってください。私と、私と結婚してください」私は自分で何を言っているのかわからなかった。そんな時に言う台詞ではもちろんない。ついさっき出会ったばかりの何も知らない男に言う台詞ではない。ただ……、ただ、私は目の前のこの若い男を幸せにしてやりたい。苦しみから救ってやりたい。その一心で心に思い浮かんだ言葉がそれだった。 「ええ……、ぜひ、お願いします」男はほほ笑んでそう言った。 私は若い男のその表情に、なぜか心が幸せで溢れるのを感じた。 衝動的に言った言葉ではあったが、それ以上私の心に相応しい言葉は他にないような気がした。 救急隊が到着したのはそのすぐ後だった。 若い男は病院に運ばれたが、私がどこの病院か調べて会いに行った時には、もう戻らぬ人となっていた。 それが夢だと気づいたのは、次の日の朝、少し寒いと思いながら目を覚ました時だった。 「あんたそれで、返事はしたんかい?」と、私が二か月ぶりにおばあちゃんを訪ねると、おばあちゃんはそう言った。 「返事って?」 「結婚しようって言われよるって、前に話しとったやろ」 「ううん、まだ……」 「いつまで待たせよるん。優しい人やね」 「うん。そうなんだけど……」 「そう言うとこ、いつまでも子供みたいに考えとるとこ、あんまりよくないよ」 おばあちゃんにしては、珍しいことを言うなと思った。 いつものおばあちゃんなら、小言なんて言わず、私の気持ちがちゃんと決まるまで「いつでもええよ」と言いながら待ってくれる。 そして帰り際、おばあちゃんは「次に会う時は、私の葬式かも知れないねえ」と言った。 「ちょっと、変なこと言わないでよ」と私は言った。 「年を取ると、なんとなくわかるもんやがね」 おばあちゃんは九十を超えていた。 いつまでも生きていてくれるのが普通だと考えていたけれど、私がどう考えようと、おばあちゃんは確実に年を取っていたのだ。そう考えると、なんだか気分が沈んだ。 「じゃあそうならないように、近いうちにまた来るよ」そう言ったのに、それから二月(ふたつき)もしないうちに、おばあちゃんは亡くなってしまった。 葬式が終って一週間ほど、私は眠れない日々が続いていた。 こんなことなら私はさっさと結婚をして、おばあちゃんにせめて花嫁衣裳を見せてやればよかった。 そんなふうに後悔した。 結局私は、おばあちゃんに何もしてあげることができなかった。 たった一人の、血のつながった人なのに。 そしてある夜、また汽笛の音を聞いた。 ポーーーーーーーーーッ 寂し気な音だった。 その音を聞くと、なぜか私はおばあちゃんのことを思い出し、枕を涙で濡らした。 「ああ、今日も汽車が来てくれた」私はふと、おばあちゃんの言った言葉を口にしていた。 ポーーーーーーーーーッ それにこたえるように、また汽笛が鳴った。心なしか、いつもより近くに聞こえる気がした。 夢を見ているのだろうか。私の心の中には、おばあちゃんが見ていたであろう風景が、聞いていたであろう音が、鮮やかに流れて行った。 「今日も汽車が空襲に遭わずに走ってくれちょる。ありがたいことやわ、ありがたいことやわ」ご近所の人たちとそう声を掛け合った。 「私らも、あんな風に頑張って生きていかんといけんね」 いつ寝てしまっていたのかわからなかった。 そしていつ目覚めたのかわからなかった。 まだ夢の中にいるような気がしたし、目が覚めたと思い込んでいるだけのような気もした。 外はまだ暗かった。 時間を見ると、まだ三時にもなっていなかった。 ポワーーー、ポワーーー、と汽笛が鳴った。 まるですぐ外で鳴っているように聞こえた。 「本当だ。おばあちゃんの言った通り、ポワーーーって聞こえる」そんなことを閉じた目のずっと奥で考えた。 ポワーーー ポワーーー あれ、でも、いつもと鳴り方が違う……、どうしてだろう。 ポワーーー ポワーーー こんな鳴り方、初めて聞いたな。 おばあちゃんがいたら、聞くんだけどな。 そんなことを考えながら、なんとなく落ち着かない気分になった。 眠気がだんだんと覚めてきた。 呼ばれているような気がした。 ポワーーー ポワーーー なんだろ。 私は起き上がって耳を澄ませた。 ポワーーー ポワーーー 汽笛は繰り返し聞こえた。 まるで私が来るのをせかすように。 そして……。 ポワーーー ポワーーー 私はいてもたってもいられなくなり、裸足で家の外に飛び出していた。 あれ? 私は唖然とした。 私はやっぱり、夢を見ているのだ。 そんなことを考えた私の目の前には、巨大な黒い蒸気機関車があった。 そして周りを見回すと、そこは私の住んでいるマンションの前なんかではなく、古いどこかの駅のようだった。 誰か……、誰か……、私は頭が混乱し、誰か話の出来る人を周りに探した。 けれど……、けれど、今は夜中の三時なんだ。 こんな時間に駅に誰かがいるはずがない。 私はそんな風に考えた。 でも……、でも……。 ポワーーー ポワーーー そう、この機関車、この機関車の汽笛が鳴っていると言うことは、それを鳴らしている誰かがいるに違いない。 そう思って私は、D52209と書かれたプレートを見覚えがあると思いながら蒸気機関車をぐるりと回り、機関室と思われるところを探し出して中を覗き込んだ。 「ようこそいらっしゃいました」そう言うと、中から一人の若い男が降り立ってきた。 小柄だが、背筋をまっすぐに伸ばし、それ以上に私を見つめるまっすぐな目は、この若い男の誠実な人柄を象徴しているように思えた。 「私はこの機関車で機関士見習いをしている服部と言うものです。おばあさまには大変お世話になった御恩があり、その謝意をお伝えしたくて、誠にぶしつけながらこのようにあなた様をお呼び立ていたしました」 「おばあさまと言うのは?」 「はい。ヒサ子さんです」 ヒサ子……、と言われて、おばあちゃんの名前だったと思い出す。 「おばあちゃんのことをご存知なのですか?」 「はい。恩人であり、わたくしの妻でございます」 「恩人? 妻?」 「はい。私が機関車の事故で亡くなった時、そばで私の手を握ってくださいました」 「事故? あなたが?」 「はい。ボイラーの爆発事故でした。酷い事故で……、私を含む、二人が亡くなりました」 「まあ、そんな……」 「その時、死ぬ寸前の私に寄り添い、手を握ってくださったのが、あなたのおばあさまのヒサ子さんでした」 「おばあちゃんが?」 「はい、とてもお優しい方でした」 「けれど、いま、どうしてあなたが……」私は頭が混乱していて、何をどう質問すればいいのか言葉が見つからなかった。 「申し訳ありませんが、あまり時間がありません。汽車を出発させなければなりませぬもので。ただ、私はヒサ子さんから預かりました言葉を、あなた様にお伝えしたくてやってまいりました」 「おばあちゃんからの言葉を?」 「はい。そうでございます。ヒサ子さんはおっしゃっています。『この世に目を閉じていいものなどない。嬉しいことも悲しいことも、そして不思議で信じられないようなことも、必ず目を開けて見つめなさい。そして信じて生きることこそ、幸せになれる道なのです』と」 「おばあちゃんが……?」 「はい。そうでございます。それが、おばあさまがあなた様に最後に伝えたかった言葉であると」若い男はそう言ってほほ笑んだ。 「それでは、もう時間がありませんので」そう言って男は懐から懐中時計を取り出し、時間を確かめると、もう一度ほほ笑んで一礼をし、機関室の中に入って行った。 しばらくすると、「ポワーーーーーーーーーッ!」っと耳をつんざくほどの汽笛を鳴らし、汽車はゆっくり、ゆっくりと、黒い煙を吐き出し、金属の巨大な車輪に力を込めながら、重い体を動かし出した。 汽車はまるで大きなため息を繰り返すように蒸気を吐き出すと、徐々にスピードを増していった。 石炭を積んだ車両が過ぎ、タンク車、コンテナを積んだ車両がいくつか通り過ぎると、今度は客車がいくつか目の前を過ぎて行った。 誰も乗らない客車を見送っていると、そこにぽつんと一人の若い女性の姿があった。 見覚えのある顔だった。 目を閉じ、うつむいてはいるけれど、溢れる幸せに身をつけるような穏やかな表情をしていた その女性は、なんとなく私に似ていた。 けれど、私ではない。 おばあちゃんだ……。 そう気づいた時には、もう汽車は通り過ぎていた。 あの人、おばあちゃんのことを妻って呼んだ。 おばあちゃん、ずっと独りだと思っていたけれど、天国にちゃんと待っていてくれる人がいたんだ。 それを信じて、ずっと幸せに生きてきたんだ。 私はそれを知って、胸が熱くなった。 涙がぼろぼろと頬を流れていった。 おばあちゃん、綺麗だったな。 これからやっと、二人の新しい時間を過ごしていくんだ。 なんだろう、これ……。 まるでおばあちゃんの想いが私の心に乗り移ったように、言葉にならない何かが喉の奥から溢れてきた。 私は声を上げて泣いた。 おばあちゃん、おばあちゃん……。 おばあちゃん、幸せなんだろうなあ。 人の幸せとは、こんなにも嬉しいものなのかと思った。 おばあちゃんもきっと、私の幸せになるところを見たかったんだろうなあ。 見せてあげたかったなあ。 これから見ていてくれるかなあ。 私は止まらない涙を袖で拭って、遠ざかっていく汽車に向かって言った。 「わかったよ、おばあちゃん。もう目を閉じたりしない。全部ちゃんと目を開けて見つめるね。私を幸せにしようとする人の心を信じてみるよ」 ポワーーーーーーーーーッ、と汽笛が鳴った。 まるで別れを告げるように、まるで祝福をするように、何度も何度も繰り返し鳴った。
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