§ 10***奪われた時間。

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「兄さん!」  キャロラインは喜びの声を上げながらラファエルの胸に飛び込んだ。 「よかった、無事だったのね!」 「心配をかけたね」  ラファエルはメレディスに支えられながら妹に頬を寄せた。 「ああ、ラファエル様。ご無事でしたのね」  ヘルミナはそう話すのにすら一苦労だった。なにせラファエルはとても勘が鋭い。彼はメレディスが襲われた当初よりヘルミナが人攫いを雇ったとは考えていないようではあるが、自分と何か関係しているのことに気づいているようだった。現にヘルミナは何をするにしてもどこに行くにしても彼に尋問されているような気分だった。表向きには猪がいるからと自分を気遣う素振りをしていたが、母親や姉に対しての視線や発言が自分に向けているものとは違っていたから、さすがのヘルミナも彼の真意はそうではないことはすぐに理解できた。  見たところ彼は打撲しているのだろう、少し足を引き摺っている。ズボンのところどころは破れている。それでも命を落とすほどの大事に至らず、いったいどうやって自我を失った馬に対抗できたのかは分からないが、彼は無事だったのだ。  ヘルミナは姉が役に立たなかったことに酷く腹を立てていた。それでもどうにか顔に出さないよう懸命に笑顔を作る。けれど残念ながらヘルミナは役者ではない。笑顔が崩れてしまいそうになる。ちょうど目の前には馬丁の胸板があったから、感動のあまり胸を打つ仕草は容易にできた。そしてこれで彼はますます自分に気があるのだと思い込んでしまうのだ。自分を包み込む腕の力が強くなった。
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