灰色の町 1

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 そして、ひょんなきっかけから私は少額の金を手に入れた。私は学生時代に収集していたCDや書籍をフリマアプリを使って売りに出していた。そのうちのいくつかのアイテムが想像以上の価格で落札されたのである。  ひとつは当時無名だった作家の直筆サインいりの初版本だった。いまでは一世を風靡する流行作家となった彼女の初版本は3000部程度しか印刷されなかった。  彼女が隣町の大型書店で、こじんまりとしたサイン会を開いた。たまたま書店を訪れていた私は、たんなる興味本位から彼女のデビュー作を購入し、彼女のサインをもらった。  もうひとつは、これも学生時代に購入したインディーズバンドのアルバムだった。このバンドはいまもまだインディーズのままだったが一部に熱狂的なファンがいたのだ。  私が持っていたCDは300枚の限定版で、未発表のライブ音源が含まれていた。私自身、このバンドが好きだったこともあり、ほかにもいくつかのレアアイテムを持っていた。  それらをまとめて売りに出したおかげで旅費が工面できたのだ。旅に出ようという思いつき、そして瞬間的に暖かくなった財布、私はなんの計画性もないまま、私鉄に飛び乗った。
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