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とはいえ、心のどこかで行き先は決まっていたような気もする。私がたどり着いた陰気な町、陰りのある空に包まれた辺鄙な場所、S県の西端に位置する神頸町は私の記憶の片隅にある町だった。
もちろん、私がここを訪れたのは今回が初めてだった。以前、雑誌でこの町に関する記事を私は読んでいた。そのときの微かな記憶が私の直観力を刺激したのだ。忘却していた記憶が、理由もわからず蘇生し、半ば強制的に私の肉体をこの地へと足を運ばせたのだ。
神頸町――そこは和紙の生産地として、また町の北東に位置する古い寺院、華厳院によって知られる人口6000人足らずの小さな町だった。
「お兄さん、この町ははじめてかい?」
遅い朝食をとるために入った喫茶店の女主人が私に問いかけた。
「ええ……」
「へえ、そうなんだ。でもこんな辺鄙な場所を選ぶなんて珍しいお兄さんだわ。旅行なの? それとも親戚でもいるの?」
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