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私の脳裏に義父と過ごした子供の頃の思い出が、とめどもなく溢れてきた。それは唾棄すべき悪夢のごときものだった。私は義父に毎日殴られ続けた日々を想起し、憂鬱になった。
そんな義父だったが、私が大学に入ってしばらくした頃に事故でこの世を去った。そのとき私はたまたま実家に戻っていたから、とてもよく覚えている。義父は近所を散歩中に足を滑らせて溜池に落ち、溺死した。そのじつ、私は嬉しくてたまらなかった。
「やあ、先ほどもお会いしましたね」
不意に背後から声をかけられた私は、ビクリと肩を震わせた。
「は、はい」
振り返ると、そこには先ほど宍倉と書かれた表札のあった屋敷の前ですれ違った青年が立っていた。
「あはははは、突然声をかけたりしてごめんなさい。この辺りで自分と同じ年頃の人はあまり見かけないもので、ついつい声をかけてしまいました。申し訳ありません」
男の印象深い白い歯が光る。随分と丁寧な口ぶりの男だ。そして改めて確認してみたが、やはり清潔感があってすがすがしい青年だ。
「僕は矢尾板麗央といいます。26歳です」
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