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灰色の町 3
満面の笑みをうかべる矢尾板の柔和な佇まいに弛緩した私は即座に自己紹介した。
「あっ、私は冴島胡蝶と申します。年齢は奇しくも26歳です」
私はなるべく平静を装い、笑顔でそう応えた。
「ああ、奇遇ですね。同い年なんですね」
次に矢尾板は私をまざまざと観察しながら「こちょう……ってどういう字を書くんですか?」と問いかけてきた。
「あっ、はい。こちょうは故事成語にある「胡蝶の夢」のこちょうです。わかりますか?」
「ええ、わかりますよ。能の演目にもなっているあの胡蝶ですよね?」
「ああ、はい、そうです、そうです。その胡蝶です」
「いやあ、いい名前ですね。ちなみに僕はうるわしいに中央の央で麗央といいます。名前の響きが中性的というか、女性的なもんで小さい頃はさんざんイジられましたよ」
「あははははは、そうなのですね」
私たちふたりのあいだに緩やかなラポールが形成されていく。私は矢尾板麗央という男に好感を抱いた。
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