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私はとにかく初対面の人と会話をすることが苦手だ。それは子供のころからそうだ。矢尾板にはそんな躊躇する心がまるでない。それは彼の最大の武器であろう。私は初対面の人と楽しく会話する自分自身の姿に少なからず驚いていた。
「僕も冴島さん同様、ここには休息を兼ねて滞在しています。ははははは、僕も塩野家の滞在者のひとりですよ。冴島さんも宿舎は塩野家でしょう?」
「はい、そうです。今朝がた着いたばかりで。さっき部屋で一息いれたところです。それからまずはここにやってきたというわけなのです」
「そうですか。僕はもうかれこれ10日ほどこの町に滞在しています」
「……へえ、10日間も」
「あははははは、すこしのんびりし過ぎなのかな」
そう云うと矢尾板は笑った。私は彼の人懐っこい笑顔と快活な話しぶりに調子を狂わされっぱなしだった。機知に富む好青年、矢尾板麗央は摩訶不思議な魅力を放つ男だった。
「ところで今日の夕食は塩野家で?」
ひと呼吸いれた矢尾板がそう尋ねてきた。
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