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ただ私はその不毛な一年間のことを細かく思い出すことができない。たった3年前のできごとだというのに。
大学を卒業したあとは、複数のアルバイトで糊口をしのいでいた。もちろん、そんな生活を続けていても明るい未来は望めない。それでも私は処女作を書いたときのような奇跡がまた自分に起こることを心から信じていた。
大学を卒業して二年以上たった今も私の才能は影をひそめたままだ。もともと才能のない人間だったに違いない。しかし、私はたったの二週間であったとしても特異な魔術の力によって類まれなる才能を発揮した。これだけは紛れもない事実なのだ。
『不透明な巡礼』を書いて半年近くたったとき、東翔社の坂田という編集者からメールをもらった。坂田は「黄昏ミステリ新人賞」の二次選考時、私の作品に目を通してくれていたそうだ。
それから、『不透明な巡礼』をこのまま埋もれさせておくのは惜しい、と書いてきた。私は狂喜した。ついに『不透明な巡礼』が世にでる瞬間がやってきたのだ。
しかし、坂田は私が書いた物語のラストのどんでん返しがどうしても気に入らないらしい。彼はラストを書き換える前提で『不透明な巡礼』を修正してほしいと要望してきた。
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