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「うまそうだな。これはアイリスが?」
「はい。……あっ、だめです殿下。お毒味もなく」
止める隙もなかった。
指でつまんでカップケーキの一つを奪われ、あっという間に二口で完食。包み紙だった油紙は丁寧に折り畳まれ、ズボンのポケットにしまわれてしまう。流れるような一連の所作に、呆然と目をみはった。
いちおう、喉に詰まりにくいよう、しっとりと焼き上げた。きちんと冷ましてから氷室の魔法具でもある厨房の冷蔵室で一晩寝かせ、香り付けとつや出しに果物のリキュールを刷毛で塗っている。ちょっとブランデーケーキのような仕上がり。自信の一品だった。
とはいえ、あまりの食べっぷりにおろおろしてしまう。
(水は……しまったわ。こんなに夏日になるなら、差し入れは冷やした果実水のほうが良かったかしら)
アイリスの心配をよそに、ぺろりと唇を舐めとったサジェスは「うまかった」とだけ告げ、素早くバスケットの取っ手を持ち上げた。
(!)
アイリスはそこでようやく我に返り、はっと手を伸ばす。
「殿下、いけません。それは」
「わかってる。ルピナスへの差し入れだろう?」
「あ、はい」
「よければ、俺が届けよう。すまなかったな。断りなく食べてしまって」
「いえ……」
こちらの顔を窺い、伸ばした手を紳士的に、場違いなほど恭しく戴かれてしまう。まるで夜会のように。
が、サジェスの瞳はいたずらそうに煌めいており、台詞とは正反対ににこにこしているので、これは形式上の謝意だな……と受け取ったアイリスは、ふるふると頭を振った。
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