レストラン

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 レストラン。  ここはどこかのレストランだ。たぶん一度か二度、来た事がある。そんな気がする。  軽快な音楽が流れている。流行り歌のピアノインストルメンタルだ。ざわざわと暖かい雑踏。他の客が談笑しながら食事をしているが、その姿はおぼろげではっきりとは見えないし、会話もはっきりとは聞き取れない。 「お客様、ご注文の品でございます」  ウエイターが料理を運んできた。サラダにスープ、そして分厚いステーキが目の前に置かれた。食欲をそそう肉のこんがりと焼けた香りに僕は我を忘れてテーブルに並べてあるナイフとフォークを握りしめ、勢いよく分厚い肉に突き刺した。 「やめて!」  叫び声が聞こえる。 「痛い!」  女の声、悲鳴だ。だけどそんなことにかまってはいられない。僕は空腹を満たそうと、ナイフで肉に切り刻む。 「いやー! 何をするの!」  恐怖と痛みに耐える女の声はいったいどこから聞こえてくるのだろうと周りを見渡すが、何もない。他の客は相変わらず食事をしながら何かしゃべっている。ウエイターは皿の上にパンをひとつ、またひとつと置いていく。  僕は女の悲鳴よりも空腹でお腹が上げている悲鳴をどうにかしたくてしかたがない。一口大にきった血のしたたるようなレアステーキを口にほうばった。 「お願い、もうやめて」  不思議なことに女の声が口の中から聞こえる。いよいよ僕はどうにかなってしまったらしい。早くこの空腹を満たさなければ。  肉を噛み切り、女性の肌のような白いパンを手でちぎって口に入れる。絶妙なハーモニー。スープやサラダには目もくれずに、僕はひたすらその動作を繰り返した。皿に盛られた3つのパンを食べきったというのに、まったく空腹が満たされない。いつの間にか女の悲痛な叫びが心地よく感じるようになり、空腹を満たす代わりに女の声を堪能した。 「野菜も食べなければ駄目ですよ。ほらスープもまだ手をつけていない」  テーブルの目の前にいつの間にか男が座っている。知っている顔だ。そう、どこかであったことがある。黒いスーツに身を固めた中年男性。日焼けというよりはもともと肌がくすんで黒い印象、細い眼に大きな鼻、口元がつりあがり、卑屈な笑みを浮かべている。 「あなたは……誰ですか?」  男に言われたとおり、スプーンでスープをすくって口に入れる。なんのスープかわからないが、人肌の温かさに心が落ち着く。サラダにはシーフードが入っているのだろうか。しゃきしゃきとした感触に柔らかい何かが混じっている。赤いのはトマトだろうか。それらが何であろうとも、僕はお構いなしに空腹を満たそうと口にした。 「どうですか? ここはなかなかのレストランでしょう?」  怪しげな男は僕の質問を聞いていなかったのか、或いは答える気が無いのか。 「味なんかどうでもいいのです。僕はただこの空腹を満たしたいだけなのに。おかしいな。これだけ食べても一向に空腹が満たされないんです」  男はニコニコと笑いながら僕の食べている様子をじっと見ている。 「次は魚がいいですか。それとももっと肉を食べたいですか」 「お腹に入るものならなんでも食べさせてください」 「結構、ここは私の店ですから、好きなだけ召し上がってください。お題はいりません。どうか思う存分召し上がってください。メニューはこちらにございます」  怪しげな男が品のいいデザインのメニューを僕に差し出した。そこには見慣れない文字が並んでいる。どこの言葉だろう。僕には読むことができなかった。 「すいません、なんとかいてあるのか、僕には読めません」 superbia、avaritia、invidia、ira、luxuria、gula、pigritia/acedia
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