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▪カブトムシ
9月だというのにまだまだ暑苦しい天気が続いていた。
花柄夏景はフローリングに寝転び、からだを冷やそうと試みる。蝉の鳴き声の中、ツクツクボウシの鳴き声が混じり聞こえ始めている。雨天となれば途端に寒くなり、晴天となれば日差しが肌を焦がす。安定のない天気。
そんな不安定な空は、本日快晴。
夏休み最終日。高校生にもなって、カブトムシを探しに行こうと誘われた夏景は、いつも3人で遊んでいた山林へ行くために坂を登っていた。汗は額から頤へと伝う。
ガードレールの向こうにある山林はあの頃と変わっておらず、避暑地のようだ。すぐに木陰で休憩をした。その隣にもう1人、暑さに息を切らした図体が大きい男が座る。
「こないと思った」
男の名前は茉井夏奈。3人の中で1番面倒見がよく、世話焼きだ。柔道をやっていることもあり、身長も相まって顔が怖くみえる。
「来たら駄目だった?」
「そんなことない。水分は?」
夏景は、正直気まずかった。人を好きになったことに自覚をすると、顔を合わせずらい。目が合うと、どうしていいかわからなくなる。だから、彼のことを避けていた。
ここ最近は、ずっと1人で行動をしていた。避けられていることに気づかないはずがない。
「忘れた」
けれど、触れられることには気にならないようだった。膝同士が触れている。小さいときからずっとそばに居ると、距離感がおかしくなるのと同じなのだろうか。
夏奈は、嫌だったら買いに行ってくるから、と自分の半分ほど入っているペットボトルを差し出す。
もちろん、断るわけがない。だが、返答はない。そっぽを向いている夏景にキャップを外して渡す。
渡されたペットボトルの飲み口に口付ける。
「アリガト」
どういたしまして、と返した水分を本人が補給する。
「花柄ー!夏奈ー!」
夏生まれと言われたら納得が行くような爽やかな声。無邪気な笑顔で遠くから手を振っているのは間宮夕夏。
これで、いつもの3人が揃った。
「俺まだ涼しみたいから、茉井行ってきなよ。夕夏のことだから水分摂ってないでしょう」
「熱中症になりたいのかよ」
立ち上がり、服に付着した土や木屑、枯れ草をはたきながら向かう。
上を見上げてもカブトムシは見つからない。木陰で見つめる夏景の視線の先には、楽しそうに笑い合う2人の姿だった。
土は冷たい。懐かしい風が指を掠める。
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